QST,ナノ量子センサで生体内の微小領域を温度測定

量子科学技術研究開発機構は,ナノ量子センサによって実験用哺乳類体内の細胞の微小領域の温度測定に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。

蛍光ナノダイヤモンドの窒素空孔中心(NVセンター)のスピン状態には「0」,「+1」,「-1」の3つがあり,通常は「0」の状態が最も安定している。しかし,適切な周波数のマイクロ波を当てると,スピンは「0」から「+1」または「-1」の状態に変化する。温度が高くなると,このスピン状態の変化を引き起こすマイクロ波の周波数は低くなるため,マイクロ波の周波数を測定することで温度を計測できる。

NVセンターは緑色のレーザー光を当てると,スピンが「0」の状態では強い赤い光を発するが,スピンが「+1」や「-1」の状態では赤い光が弱くなる。この現象を利用し,赤い光の強さが弱くなる周波数を調べることで,非常に正確に温度を測定できる。

一方,この量子センサを生きた哺乳類に応用するには,量子センサの生体分布や毒性を明らかにするとともに,可視光をセンサに当てることが必要となる。研究グループは今回,ラット乳腺上皮を対象とし,200nmサイズの量子センサを用い,生体内における微小環境の温度測定技術を開発した。

研究では,乳管内注入法を用いて,量子センサを皮膚の直下にあるラットの乳腺に直接注入した。この方法では,注入された量子センサが全身に散らばることなく乳腺内に留まる。実際,ほとんどの量子センサが少なくとも8週間は乳腺上皮内に留まっていることが示された。

また,量子センサを投与したラットの体重や乳腺組織に明らかな変化は見られなかったことから,問題になるような毒性はないと考えられた。

量子センサ周辺の温度を計測するための信号を得るには,可視光を量子センサに届かせる必要がある。そこで計測部分の皮膚を小さく切開して,可視光が透過できるガラス窓を取り付け,量子センサがナノサイズであることを活かし,約0.1mm×0.1mmほどの微小な領域の温度計測に挑戦した。

ラットの呼吸や血管の脈動に伴う量子センサの周期的な運動が量子状態の計測を妨げるため,それぞれの信号の特性の違いに着目して呼吸,脈動からの信号を除去することでラットの動きの影響を緩和し,計測誤差を下げることに成功した。

ラットに実験的に乳腺炎を引き起こし,乳腺内の微小領域の温度計測を試みたところ,細菌由来物質を投与した側では約1℃温度が上昇していることを検出できた。

研究グループは今後,細胞内の詳細な温度変化と細胞の状態との関係がわかってくれば,がん研究をはじめとした,生物・医学研究に新たな視点をもたらす成果だとしている。

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