分光計測技術の最近の動向

5. テラヘルツ分光/低波数(テラヘルツ)ラマン分光

最近,テラヘルツようやく化学への応用が進んできた。テラヘルツ分光で注目されるのは,イメージングであろう。近接場技術との融合で空間分解能を10倍ぐらい上げる研究が報告されている。最近,低波数(テラヘルツ)ラマン分光法の進歩が話題になっている。Volume holographic grating(VHG)を用いた狭帯域波長安定化レーザーとノッチフィルターを用いたシステムが発売され,既存の分光器と組み合わせ比較的容易に低波数域のラマンスペクトル測定ができるようになった。

図3 テラヘルツラマンスペクトルと従来のラマンスペクトルの比較(サンプル:クエン酸) 渡,分光研究,Vol. 67, 116 (2018). より許可を得て転載 測定システム:実線,ラマンフィルターOndax社SureBlockTM XLF-CLM,分光器:Tornado社HyperFlux U1,励起波長830 nm 破線,Tornado社HyperFlux PRO Plus,励起波長785 nm
図3 テラヘルツラマンスペクトルと従来のラマンスペクトルの比較(サンプル:クエン酸)
渡,分光研究,Vol. 67, 116 (2018). より許可を得て転載
測定システム:実線,ラマンフィルターOndax社SureBlockTM XLF-CLM,分光器:Tornado社HyperFlux U1,励起波長830 nm
破線,Tornado社HyperFlux PRO Plus,励起波長785 nm

図3はテラヘルツラマン分光器(Ondax)と通常のラマン分光器(Tornado)で測定したラマンスペクトルの比較である。

6. 紫外分光(極端紫外(真空紫外),遠紫外,深紫外)

ここでは10−120,120−200,200−300 nmの領域をそれぞれ,極端紫外(EUV),遠紫外(FUV),深紫外(DUV)域と呼ぶことにする。紫外域の一番の話題は光源と検出器であろう。近年,DUV域の光源開発は幅広い興味を集めている。特に窒化物を用いたDUVのLEDについては,その短波長端がどんどん伸びている。現在報告されている最短波長のLEDは,2006年NTTの谷保らによって開発された窒化アルミニウムを用いた210 nmのものである。2017年にはコーネル大学のグループが窒化ガリウムを用いたLEDとして232 nmのものを報告している。FUV領域の光源の話題としては,光洗浄等に効率的に用いることができるマイクロプラズマを用いた平面光源がある。

検出器としては,DUVではSiダイオードが十分な精度と低いコストを実現しているが,一方で,300 nm以下の光を選択的検出するソーラーブラインド検出器が,やはり窒化物の半導体を用いたフォトダイオードとして開発されている。これらの検出器はUVインデックスの正確な計測や高感度な検出器として期待される。固体,液体のFUV分光もATR法も用いることにより(ATR-FUV)大きく発展してきている。

FUV,DUVの応用としては,最近,信州大学の芦田らがDUV光を油水界面に照射し,イオン化で得られるラジカルカチオンの液界面電荷移動ボルタンメトリーを報告している。FUVでは,GCの検出器にFUV吸収分光を用いたGC-FUVが報告された。また,ATR-FUV法によるポリヒドロキシブチレート(PHB)のグラフェンナノコンポジットの電子状態の研究が報告されている。

7. これからの展開と期待

このところ中国が小型高性能レーザーを大量に市場に出してきている。ビジネスの立場からは痛しかゆしであるが,このようなことが分光計測機器の発展を大きく促すこともあろう。ベンチャーを含め非常に多くの企業が分光計測機器の開発に参入すると思われる。これからの展開については,ほとんど書ききれないが,ラマンについては,やはり顕微ラマン,ラマンイメージングが一番注目されるところではないであろうか。一層の高性能化,特に3次元イメージングの進化を望みたいところである。また低価格な装置が市場を大きく拡大させるであろう。TERSについては,TERSイメージングを中心にますます開発競争が活発になろう。TERSチップのさらなる高性能化が期待される。

赤外は3次元イメージングが注目されるところである。また,QCLレーザーやマルチチャンネル検出器の廉価化が望まれるところである。QCLが発展すれば,現在放射光を使って行われている赤外分光の細胞イメージングなどもQCLに置き換わるであろう。赤外光ファイバーももっと進歩してほしい。近赤外もやはり3次元イメージングを期待したいところである。それからラマンにとっても大切なことであるが,CCDとInGaAs検出器がそれぞれ高感度で働く領域の間にまだ若干の隙間がある。ここを埋めていく努力が大切だ。さらに近赤外レーザー分光ももっと装置,応用ともに展開する必要がある。テラヘルツでは応用分野,特に化学,生命科学での応用分野の一層の開拓が望まれる。それが新しい機器の開発につながると考えられる。低波数ラマンとともに,低波数振動スペクトルのバンドの帰属を進める必要がある。紫外域では145 nm付近まで窒素ガス置換でスペクトル測定ができるようになった。Arガス置換で120 nm付近まで伸ばしてもらいたい。そうすればσ化学への応用の可能性が,非常に拡がる。

今後どの分野でもスマートフォンとの連携が大きく進展すると思われる。これは分光計測に革命をもたらすであろう。最近,光コムの可能性が広がりつつある。この技術が紫外から赤外域の分光計測機器に持ち込まれよう。MEMS技術も一層,分光計測機器に使われよう。さらにこれからは分光計測技術の分野でもAIの利用が出てこよう。分光計測技術の発展だけでなく,データー解析の分野の進歩が重要であるが,ここでもAIが活躍しそうである。

本稿を執筆するにあたり,渡正博博士(STJapan),東 昇博士(クラボウ),佐藤英俊教授(関学大理工),伊藤民武博士(産総研四国),保科宏道博士(理研仙台),森澤勇介准教授(近畿大理工)から有益なご意見をいただいた。御礼申し上げます。

※本解説で紹介されている情報は,2018年9月26日時点のものです。

参考書,参考文献
以下の書籍は,いずれも比較的最近出版されたもので,それぞれの分野の最近の機器の進歩についても書かれている。 1)浜口宏夫,岩田耕一編著,“ラマン分光法”,日本分光学会分光法シリーズ,1,2015年,講談社 2)古川行夫編著,“赤外分光法”,日本分光学会分光法シリーズ,4,2018年,講談社 3)尾崎幸洋編著,“近赤外分光法”,日本分光学会分光法シリーズ,2,2015年,講談社

4)Y. Ozaki and S. Kawata, Eds. “Far- and Deep Ultraviolet Spectroscopy”, 2015, Springer

オザキ ユキヒロ

所属:関西学院大学 理工学部 名誉教授