熱延伸技術による多機能ファイバーセンサーの新次元:生体システム解明へのアプローチ

3. 熱延伸技術に活用したファイバーセンサーの開発

3.1 生体融合型ファイバー電気化学センサー技術

生体機能や病態の解明のため,電気信号のみならず,低侵襲で,化学信号を高感度かつ非標識で記録することが重要であるため,筆者らは,まず生体内の細胞間コミ ュニケーションを担っている繊細な化学信号を非標識で計測・可視化することに着目した。今までの脳内の細胞間の化学信号活動を観察する技術は,細胞や組織を蛍光標識する必要がある光学的なイメージング法に限られていたが,筆者らは,多機能ファイバーと新たなセンサー,例えば,「イオンを可視化する」半導体センサーやDNA分子プローブを組み合わせることにより,生体内,特に脳深部における「イオン濃度の変化を可視化する神経センサーの開発」や「神経伝達物質を高感度かつ選択的に計測できる神経センサーの開発」を行なった。

⑴イオン濃度の変化を可視化する神経センサーの開発

光導波路バンドル・導線・参照電極などの機能を集積した多機能ファイバーと光アドレス型半導体センサ(LAPS)を組み合わせることにより,多機能ファイバー本来の機能にイオンイメージング機能を付与し,新規オ ールインワンプローブ型のイオン可視化ツールを開発した2~3)図2,特開 2021-81239(特許査定))。そして開発した生体埋め込み型の新しいイオン可視化プローブを利用し,脳内の複数点においてpH変化を同時に高感度で測定することを可能にした。また,世界で初めて,脳深部の海馬において,疼痛刺激に伴うpHの微小変化をリアルタイムで補捉した。さらに,脳がてんかんを起こした病態において,海馬におけるpHをリアルタイムでイメージングすることにも成功し,これらの成果によって生体医工技術の発展に大きく貢献することが期待できる。また,生体への応用だけに留まらず,共同研究により,本技術の建築分野への応用の展開,具体的には構造物老朽化の検出技術としての応用も進めている。

図2  生体への適用が可能なpH可視化プローブの開発
許可を得て再掲載,引用元<sup>3)</sup>,著作権(2021)Elsevier.
図2  生体への適用が可能なpH可視化プローブの開発
許可を得て再掲載,引用元3),著作権(2021)Elsevier.

⑵ 神経伝達物質を高感度かつ選択的に計測できる神経センサーの開発

筆者らは熱延伸技術を利用し,新しいカーボンナノチューブ(CNT)複合材料を用いた柔らかい神経電極ファイバーを開発した4~5)。また,脳内に特定の標的分子を特異的に検出するために,アプタマーと呼ばれるDNA核酸分子プローブを神経電極ファイバーの表面に固定することで,脳内化学物質を測定できるアプタマーファイバーセンサー(apta-μ FS)の開発に成功し,多機能ファイバーの新しい機能「生体内バイオセンシング」を実現した(図3)。そして,やる気や幸福感と関連する神経伝達物質であるドーパミンなどの特定の化学物質を,脳内の複雑な環境において高感度かつ選択的に検出することに世界で初めて成功した。さらに,多機能ファイバー技術を活用することで,脳内の電気信号と化学信号の同時計測と操作を可能にした。

図3  アプタマーと組み合わせることにより,脳内化学物質を高感度かつ選択的に検出できるファイバーセンサーの開発
許可を得て再掲載,引用元<sup>4)</sup>,著作権(2023)アメリカ化学会
図3  アプタマーと組み合わせることにより,脳内化学物質を高感度かつ選択的に検出できるファイバーセンサーの開発
許可を得て再掲載,引用元4),著作権(2023)アメリカ化学会
3.2  生体内などの微小空間でも検査・治療可能な直径数百µm以下の多機能性カテーテルの開発

生体システムの全容解明には,生体内特定の領域をターゲットとした上で,その場所の多様な生体活動の計測を行う必要がある。現代医療においては,治療や生体検査で広く活用されている医療器具であるカテーテルが存在するが,検査・治療として有用な複数の機能(屈曲変形,電気化学センサーなど)をまとめて付与したい場合には,単一性能のカテーテル素子を個別に多段階に積層する従来の製法においては,線径が太くなり大型化してしまう傾向がある。そのため生体内の目標部位に適合できないサイズの場合には,必要最低限の機能しか選択することができない,という課題が存在する。

そこで筆者らは,屈曲機能を有する形状記憶合金ワイヤを含む多機能ファイバーとしての微細なカテーテル素子を開発した6)。従来の製法である多層集積化とは異なり,熱延伸技術を応用することにより,必要とする構造と機能を設定した成型物を加熱しながら引き延ばすことで,スケールダウンをしながらも構造と機能を維持した状態で,数百ミクロンのファイバーとして大量生産が可能となった(図4)。本多機能ファイバーは数百ミクロン以下の線径で繊細かつ柔軟性があり,さらに電気化学センシングとアクチュエーターの機能なども問題なく同時に付与することに成功した。

図4  数百μmの繊細さと屈曲変形とセンサー機能を備えた多機能性カテーテルを開発
許可を得て再掲載,引用元<sup>6)</sup>,著作権(2023)アメリカ化学会
図4  数百μmの繊細さと屈曲変形とセンサー機能を備えた多機能性カテーテルを開発
許可を得て再掲載,引用元6),著作権(2023)アメリカ化学会
3.3  衣服に生体センシング機能をシームレスに集積する多機能ファイバ・テキスタイルの開発

心身症が急速に社会問題として注目されている中,装着感やストレスを感じずに日常的に健康状態を24時間連続でモニタリングできるマルチセンサの開発が必要である。本研究では,この問題に対応するために,多機能ファイバーを衣服に組み込んだ生体マルチセンシングテキスタイルを開発した。具体的には,汗中に含まれるナトリウムや尿酸などの重要な生体健康因子を高感度かつ選択的に検出・モニタリングする能力を有する多機能ファイバ・テキスタイルを創出した(図57)。熱延伸技術を用いて,ファイバーの繊細かつ柔軟な特性を保持しつつ,電気化学センシングや液体注入といった機能を組み合わせた。この多機能ファイバーを衣服に織り込むことで,汗の多様な成分を同時にモニタリングできる。この技術により,スマート衣服を用いて基礎疾患の追跡が可能であると考えられる。

図5  汗の成分を検出するファイバーを織り込んだ衣類用生地の開発
許可を得て再掲載,引用元<sup>7)</sup>,著作権(2023)Springer Nature
図5  汗の成分を検出するファイバーを織り込んだ衣類用生地の開発
許可を得て再掲載,引用元7),著作権(2023)Springer Nature

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