光検出磁気共鳴法を用いたワイドギャップパワーデバイスの量子センシング

 
4H-SiC,GaN,ダイヤモンドなどのワイドギャップ半導体は次世代の低損失パワーエレクトロニクスを構築する材料として研究が推進されている1)。新しい半導体によるデバイス実装には高い信頼性が要求されるが,デバイスは欠陥などによるリーク電流,異常発熱,電界集中などで動作不良を起こす。特にワイドギャップパワーデバイスは高い電界強度を保持することが必須である。デバイスの内部電界が材料の絶縁破壊電界強度を超えると,パワーシステムは正常かつ安全に動作することができなくなってしまう。このような状況をシミュレーションのみで予測することは困難である。よって,動作デバイスの内部電界をその場計測するセンシング手法が必要となる。デバイスの電気特性を計測する技術として原子間力顕微鏡をベースにしたケルビン力顕微鏡2)などがこれまでに提案されている。しかしながら,これらの方法は材料の表面のみの情報しか得られず,高電圧動作中のデバイス内部情報にアクセスすることができない。そこで,我々はデバイスに内包された単一電子スピンを利用する新しい定量的電界計測手法を提案した3)。ダイヤモンド中の窒素‐空孔(NV)センター4)やSiC中のSi空孔5〜7)など,単一電子スピンを利用する量子センサ構造をワイドギャップ材料中に形成することができる。ここでは,ダイヤモンドデバイス中に形成した単一NVセンターを利用した電界検出について紹介する。ダイヤモンド半導体は高絶縁破壊電界強度(10 MV/cm)および高熱伝導率(20 W/cmK)を有していることから,次世代の低損失かつ小型パワーシステムを構築する材料として期待されている。

ダイヤモンドは炭素からなる物質であるが,その炭素原子ひとつが窒素に置き換わり,隣が空孔になったペアがNVセンターである(図1(a))。そのエネルギーレベルはダイヤモンドのワイドギャップに内包されており,室温においても磁気8〜10),電界11〜13),圧力14),そして温度15〜20)など様々な外部情報を検出することができる。さらに,NVセンターは原子レベルの構造であるため,ナノスケール空間分解能での計測が可能である。

図1 ダイヤモンド中のNVセンター
図1 ダイヤモンド中のNVセンター

NVセンターの電子スピンの基底状態ハミルトニアンは下式のように記述される21)

式⑴

NVセンターが電界にさらされると,スピン状態との相互作用(シュタルク効果)によってエネルギーレベルが変化する11)。電界はベクトル量であり,NVセンターの軸方向成分(Ez)と軸に垂直な成分(E)はエネルギーレベルに対して異なる影響を与える12)。しかしながら,N-V軸に平行な電気双極子モーメントは非常に小さいため11),ここでは垂直な成分である横電界Eを検出した。

電界検出は光検出磁気共鳴(ODMR)法で行う。NVセンターに緑色のレーザ(波長532 nm)を照射すると,赤い蛍光(波長640〜800 nm)を示す。この蛍光強度がスピン状態に依存することを利用する。図1(b)にNVセンターのエネルギーレベルを示す。基底状態および励起状態は3重項状態を有しており,スピン0および1の間はマイクロ波による磁気共鳴を起こす。電子がスピン0にいる状態で励起すると,NVセンターは高い蛍光強度を示すのに対し,スピン1の状態から励起すると非放射遷移を通過して緩和する確率が高くなり,赤色蛍光強度は減少する。よって,磁気共鳴のためのマイクロ波周波数に対して赤色蛍光強度をプロットすると,共鳴を起こす周波数(〜2.87 GHz)において谷が現れる(図1(c))。これをODMRスペクトルと呼ぶ。ここで外部電界がかかると,縮退しているスピン1のエネルギーレベルが分裂する12)。つまり,ODMRスペクトルにおいて谷が複数になる。その谷間の分裂幅からNVセンターが感じている電界強度を定量計測することができる。

図2 (a)NVセンターを内包する縦型ダイヤモンドp-i-nダイオード(b)ダイオードの電流電圧特性
図2 (a)NVセンターを内包する縦型ダイヤモンドp-i-nダイオード(b)ダイオードの電流電圧特性

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