九州大学と慶應義塾大学は,力学的な外部刺激の一種である静水圧を利用して,分子内SF過程(intramolecular SF,iSF)を制御することに成功した(ニュースリリース)。
光エネルギーを効率的に利用することは,エネルギー変換技術や光機能性材料の開発において重要な課題となっている。その中でも,一つの光励起状態から二つの三重項励起子を生成するシングレット・フィッション(SF)は,光エネルギーの利用効率を高める有力な手法として注目されている。
これまで,アセン系分子を用いたSF系が数多く報告され,基礎的な機構の理解が着実に進んできた。しかし,これらの多くは静的な分子系であり,外部からの刺激によってSF過程を能動的に制御することが難しい。
近年,この課題を解決する新たな手段として,溶液中で等方的に作用する力学的刺激である「静水圧」が注目されている。静水圧は,分子構造や溶媒和環境を精緻に変化させることで,さまざまな光化学反応を制御できることが知られている。しかし,SFを能動的に操るための分子設計の原理はまだ明確になっておらず,その解明が重要な課題となっていた。
この研究では,静水圧によって分子内シングレット・フィッション(iSF)を能動的に切り替える分子設計の原理を明らかにした。一連のペンタセン二量体(Pc-EE-Pc,Pc-CE-Pc,Pc-CA-Pc)を合成し,圧力下でのiSFと三重項励起子の生成を評価した。非極性溶媒のメチルシクロヘキサン(MCH),中程度の極性をもつトルエン,高極性のジクロロメタン(DCM)を用いてPc-CE-PcのSF速度を比較したところ,MCHおよびトルエン中では圧力の増加によりSFが抑制された。
一方,DCM中では圧力によってSFが加速することが判明した。これは,圧力印加によって溶媒和状態が変化し,極性溶媒では脱溶媒和が進行して励起状態がよりコンパクトになるためと考えられる。また,トルエン中での三重項の生成を評価したところ,Pc-EE-Pcは加圧によって三重項生成が促進された一方で,PC-CE-Pcは加圧によって三重項生成が抑制された。
Pc-EE-Pcはより柔軟な架橋構造を有しており,三重項の生成過程で脱溶媒和が進行し,体積はコンパクトになると考えられる。一方で,Pc-CE-Pcはやや込み合った架橋構造を有しているため,溶媒がよりトラップされやすく,体積が増大すると考えられる。
その結果,Pc-EE-Pcでは加圧によって三重項生成過程が増幅し,Pc-CE-Pcでは抑制されたと考えられる。これにより,柔軟な極性リンカーをもつ分子では,圧力によりSFと三重項の生成を抑制・促進の両方向に切り替えられることが実証された。
この研究結果は,圧力によって光励起状態を自在に制御できる分子設計の新たな指針を示すものとなる。今後は,この原理を応用して,生体環境下で作動する光治療材料や,圧力応答型エネルギー変換デバイスなどへの展開が期待するとしている。
