名古屋大学,米ロスアラモス国立研究所,高エネルギー加速器研究機構,日本大学,あいちシンクロトロン光センターは,新作製手法(適正カリウム蒸着法)を用いて化学量論的に均質なK2CsSb光電陰極の作製に成功した(ニュースリリース)。
加速器などに使われる電子銃の「光電陰極」のうち,特にカリウム,セシウム,アンチモンの化合物薄膜を使ったものは,照射光から放出電子への変換効率(量子効率)が高く高性能だが,動作時に超高真空が求められ寿命も短く,最適な製造手法も見つけるのは困難だった。
今回作製したK2CsSb光電陰極の性能は,基板の表面状態に大きく影響されるにもかかわらず,化学量論的に均質なK2CsSb光電陰極を作製できる成膜法が確立されていないことが課題になっていた。
研究グループは,グラフェンコーティングした基板を超高真空中において500℃で1時間の加熱をすることによって表面を清浄化し,同一真空槽に実装されたセシウム(Cs),光電陰極物質カリウム(K),およびアンチモン(Sb)の蒸着源を用いて従来蒸着法及び適正K蒸着法でK-Cs-Sb光電陰極を作製した。
従来蒸着法は,Sbを膜厚で定量的に成膜し,KとCsは量子効率(QE)がピークに達するまで蒸着する。一方,適正K蒸着法は,SbとCsの蒸着条件は変えず,Kを蒸着する際にQEが完全に低下するまで蒸着する。これら2手法においてQEと酸素に対する耐久性を評価したところ,QEはほぼ差がない一方で,適正K蒸着法により作製された光電陰極は酸素ガスに対する耐久性が1桁良いという結果になった。
名古屋大学で作製されたサンプルは,新たに開発した超高真空スーツケースを用いて超高真空を維持したまま,あいちシンクロトロン光センターのビームラインBL7UのX線光電子分光(XPS)装置に輸送し,分析を行なった。
光電陰極の表面とスパッタリング後の組成を定量的に評価したところ,適正K蒸着法により作製された光電陰極の組成は理論的な化学量論K2CsSbに近く,内部までこの構造で構成されていた。一方従来蒸着法ではCsとKが1:1での組成になり,内部まで浸透できず表面近傍に留まっていた。
さらに,光電陰極物質表面のK,Csと酸素の元素間の結合力について密度汎関数理論(DFT)を用いて計算したところ,Csと酸素の場合の結合エネルギーは,セシウム1原子層および2原子層の終端面でそれぞれ-4.53eV,-5.35eVだった。
これに対しKと酸素では,カリウム1原子層および2原子層の終端面でそれぞれ-2.17eV,-2.24eVと大幅に弱く,酸素に対する耐久性評価実験結果と矛盾しないことを示した。
研究グループは,この成果は化学的に活性な光電陰極材料を含む薄膜材料の作製法に新たな指針を与えるとしている。