1.はじめに
日本における建設業-すなわち建築と土木分野の建設投資額は,国交省の統計によると,バブル期と言われた1992 年の84 兆円をピークに,縮小し続け2010 年には約50%まで減少した。2024 年度には,73 兆2000 億円となり現在は回復しつつある。更に2019年以降,改修工事も増加しており,改修工事の肝となる調査・診断技術も工事技術とあわせて重要な項目となっている。近年では,デジタル活用やロボット化などと様々な取り組みが求められ,建設業界全体でバブル期のように研究開発への投資がなされている。
2018年本誌に寄稿した「建築・土木分野における光技術の将来展望」では,建設分野におけるレーザー研究の歴史の視点から,レーザー研究開発例を紹介した。
本稿では,建設分野の現状とともに,建設現場に適用する光技術の現状と現場で適用するための取り組み,将来展望について解説する。
2.建築・土木分野の現状
図1 に示す建設就業者数の推移では,1997年に建設技能者数が455 万人だったのが,2023 年には307 万人と約150 万人減少しており,建設工事の着工数の回復傾向に逆行する深刻な状況となっている。2016 年国交省は,i-Constructionの取り組みを掲げ,土木を中心に従来の工法にデジタルデータを活用することで,施工の効率化を推進した。その後,2022年には,i-Constructionに加えDXの取り組みを推進しBIMやCIMを基本に,先行してインフラ整備・管理等の高度化を推進している。しかし残念ながら,建設技能者の減少スピードが速く,建設現場を支える要の消失によって受注したくても受注できない状況になりつつあるのが現状である。

このような背景は,戦後約50 年進歩が遅かった建設業に,現在大きな変化をもたらせているのである。
3.建設分野における光技術の研究
3.1 レーザー研究の割合
レーザー研究動向を確認する目的で,Google Scholarを活用し,「レーザー」をキーワードに論文数を調査した。分野別の論文数を図2 に示す。なお,端数は削除してまとめている。2024 年12 月時点の論文総数は約387,100 件であり,その中で建築分野約4%(16,400件),土木分野約4%(15,300 件)を合わせて全体の10%未満であった。研究目的の傾向を把握するため,2020年度と2024年度の建築分野の論文を調査した。建築分野における研究テーマ別論文数を図3 に示す。研究テーマの論文数は,計測,分析,加工が多かった。2020年度と2024年度を比較すると,全てのテーマが増加傾向であるが,特に論文数の多い研究が増加していた。テーマで分類した加工を目的とした研究には,除染,クリーニング,表面改質なども含まれており,研究の目的が多岐にわたっており,実用化はしていないものの,将来の可能性を検討しているものも多く確認できた。


3.2 研究内容とレーザーの種類
建設分野における研究目的と使用しているレーザーの種類,出力の関係を図4 に示す。加工に使用されるレーザーは,100 W~ 10 kWと使用されている出力の幅が広く大出力であった。計測や分析に使用されるレーザーは100 W未満と低出力であった。各研究テーマで使用している主な建設材料を記載した。対象としている材料では,切断,溶接,穿孔は,構造材料としての鉄骨や鉄筋などの金属,コンクリート,石材などが多い。建設分野における切断の研究の歴史は長く,1970年代から行われている。一方,建物の表面クリーニングは,海外では約30年前から研究され,20 年前には実用化され始めている。日本においては,1990 年代にYAGレーザー等を用いて除染や塗膜のクリーニングの研究が始まった。2010年以降は可搬可能なファイバーレーザーの出力が大きくなったため,塗膜や錆のクリーニングの研究が活発化し実用化している。このようにファイバーレーザーの高出力化は,建設分野においてクリーニングだけではなく,切断や除染などの開発にも大きく寄与している。

計測や分析の研究は,一般的な分析機器としても重要なため,研究数は多いが,特に近年では,非破壊検査に使用できる様々な用途の研究が進んでいる。
4.改修工事に求められる光技術
4.1 調査診断における光技術
建設における改修工事は,調査診断結果によって改修計画が決まる。表1 に主な劣化現象と対象材料例を示す。調査診断の主な対象材料は,構造を担うコンクリートや鉄筋,鉄骨である。主な劣化現象は,コンクリート表面に発生するクラックやコンクリート内部の塩化物イオン量や中性化,鉄筋の錆(錆汁)の評価が基本で,構造の健全度が維持できているかを示す指標として使われる。一方,表面仕上げの調査では,対象がコンクリートやモルタルだけではなく,石材,タイルや塗装,金属の劣化の程度をみるもので,いずれも躯体の保護性を担保するために,表面仕上げの健全度を評価4)し,改修計画の基礎資料としている。この調査診断は,土木分野では,橋梁やトンネルなどインフラ分野において大規模で行われている。そのため,調査診断技術が効率化,自動化できれば,作業効率の向上や作業者の削減が飛躍的に期待できる。建築分野では,建物の外壁タイルやモルタルなどの浮き,ひび割れ検査などが土木分野と同様に行われており,作業の効率化を期待している。

光技術を用いた調査診断の研究例では,トンネル表面の浮きを打音検査で行うことや,建築物外装のタイルの浮きを赤外線で調査することが研究・実用化されている。さらに,コンクリートのひび割れ調査や塩分量測定にも光技術は応用されている。
4.2 改修工事における光技術
表2 に工事項目と対象材料を示す。改修工事では,建設現場の状況が建築物や構造物が使われながら工事をしなくてはならないため,新築とは異なる作業環境となる。表2 に示すように補修・改修の主な工事では切断やはつり,穿孔などが行われるのが一般的で,いずれも大きな騒音や振動などが発生している。そのため,特に騒音,振動,粉塵などに対する対策は施工場所によっては必須となる。さらに作業者に対する作業環境を考慮すれば,工具の反力がないことや軽量化なども大きな課題となっている。上記の背景から,改修工事における光技術の適用は,大きなメリットがあり,古くからコンクリート切断や穿孔など建設現場で取り入れるための研究が実施されているのである。近年では,ファイバーレーザーの高出力化によるコンクリート切断の研究や,福島原発の対策として,高出力レーザーを用いた完全自動化の塗膜除去システムの開発・実用化がなされている。

一般構造物や建築物を対象とした表層の研究成果では,土木分野において,構造物の錆や塗膜の除去,鉄筋ケレンなどにおいて実用化され始めている。塗膜の除去やケレンの詳細は,この後の解説を参照されたい。これらの工法開発は,従来工法の課題を改善するツールの一つとして,期待されている。
5.建設分野における光技術を適用するための取り組み
5.1 施工要領書の整備
建設現場でレーザーを工事に使用する場合,課題となるのが安全対策である。いずれの現場でも施工要領書は必要であり,JIS C 6802:レーザー製品の安全基準により,工事に使用するレーザーが100 Wであってもレベル4 となるため,工事中の作業者かつ外部の一般人に対しても具体的な安全対策が必要となる。2005年から現場施工を行なったレーザーノンスリップ工法は,教育された専門工事業が特定の場所での施工であったことと,レーザー光が外部には漏れないような仕組みで行なった。近年実用化されているレーザーによるクリーニング技術は,協会などが複数設立され,汎用的に適用できるように様々な取り組みを行なっている。その中でも,2018年に設立されたレーザー施工研究会は,いち早く施工要領書を整備し定期的な見直しを行なっている。さらに,設立されている様々な協会では同様に,講習会の開催や専門工事業に対する人材育成も定期的に実施している。これらの取り組みは,建設現場にレーザーを使用することを,定常的に使うための第一歩になったといえる。
この広がりは,レーザーを用いて建設現場で作業することの普及活動になり,新たな芽の創出にも繋がると考えている。
5.2 リスクアセスメントの整備
建設現場にレーザーを使用するための準備として,施工要領書の整備とともに重要なのが,リスクアセスメントの整備である。現場で使用するレーザー加工装置,工事を行なう建設現場の施工環境,施工監理の切り口からのリスクアセスメントは,工事を進めていくために必須条件である。
現在,レーザー学会「建設現場における可搬レーザーの安全性評価」技術専門委員会(委員長:藤田雅之/レーザー総研)にて,学識者,施工者,メーカーなどの立場でリスクアセスメントの検討をおこなっている。このリスクアセスメントは,HPなどで誰でも使用できるように整備することで,建設現場での安全性対策の一助になると考え進めている。
5.3 技術の評価
建設分野における新材料や新技術の導入は,他の分野と同様に多くの検証が求められる。特に,標準仕様書にするためには,実験データの積み重ねはもちろんのこと,一つの目的を実施するために1 技術ではなく,複数の技術があることが望ましい。レーザーのクリーニング技術は,CWやパルス方式で行なうこと,出力も幅も広いことから,選択肢があり,施工条件によって選定することが可能となっている。土木学会では,「レーザーによる鋼構造物表面の素地調整技術検討小委員会」(委員長:藤井堅/広島大学)で,鋼の錆の素地調整の可能性検討・報告を行なった。現在,日本建築学会内外装工事運営委員会「次世代レーザー工事WG」(主査:永井香織/日本大学)では,建築用塗膜のクリーニングの検証実験を行なう準備が進んでいる。このように様々な学会での検証実験が報告されることで,建設分野におけるレーザーの適用はさらに一歩進んでいくと考えている。
6 将来展望
建設分野における研究の多くが実現場を想定するテーマとなっているが,意匠性を付与するための研究や,宇宙をテーマにした研究なども行われ始めている。約30 年前に想像していた状況が今現場で起こりつつあるのを実感している。20年前には特殊だった技術が,汎用的に使われ,AIやロボットと組み合わさることで,日本の建設業の進歩を担えると信じている。個人ではなく,一団体ではなく,複数の企業や団体が,技術を構築することで,日本のレーザー技術力が深まり,世界を牽引する基礎技術として発展できるかもしれない。
一方,今新たに始まっている研究は,今後の種として成長し,また次の世代に繋がることを期待している。光技術の新たな発見や開発,進歩は,産業の常識を変化させる起爆剤として,いつも楽しみにしている。
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