月刊OPTRONICS 特集序文公開

AIの消費エネルギー問題を打破する光コンピューティング
新しい光演算の時代を拓く

1 はじめに
光演算と人工知能(AI)はどちらも長い研究の歴史を持つ技術である1)。前者は最初に「光情報処理」と呼ばれ,1940年代に提案された物理光学におけるフーリエ変換から始まり,後者は1940年代のチューリングテストまで遡り,人間に類似した知能を示す機械を創ることを目指する研究が進められてきた。80年以上の発展を経て,近年ではデジタルプロセッサの進化とトランスフォーマーに代表される新しい深層学習モデルの発明によって,AIは自然言語処理などの応用において画期的な成果を達成している2)。現在,1960年代のAIに関する予言3)がほぼ現実となりつつあり,深層ニューラルネットワークやChatGPTのような大規模AIモデルが世界的な注目を集めている。大規模AIモデルに必要とする計算能力(PFLOP/sで示される)は指数関数的に成長し,半年ごとに倍増する一方で,CMOSベースのプロセッサーの性能は,かつてムーアの法則に基づき18~24ヶ月ごとに倍増すると予測されていたが,近年は停滞が見られる。従来のデジタルプロセッサは性能の限界になる加え,フォン・ノイマンボトルネックに起因する大きなエネルギー消費の課題にも直面している。消費電力はAIシステムのさらなる規模拡大を制約する最も重要な要因の1つとなっている。シリコンベースのムーアの法則が限界に近づき,AIシステムの計算能力への需要が増大し続ける中,新しい計算プラットフォームを探求することが急務となっている。

光演算は,電子ではなく光(フォトン)を用いてデータを処理する技術であり,従来の電子コンピューティングの限界を克服するために活発に研究されている。光演算は光の伝搬(すなわちフォトンの移動)に固有の物理的現像を利用して計算を行う技術であり,低遅延,並列処理能力の高さ,広帯域幅,高いスループットといった特徴を持ち,電子の移動と比較してほぼエネルギーを消費しないという利点があるため,複雑な行列変換を単一の順方向伝搬で実現でき,大量のエネルギーを消費するデジタルプロセッサによる計算に比べて大きな強みがある。このような特徴から,光学・フォトニクスはアナログ計算の有望な選択肢とされており,現在の状況下で光演算は再び注目を集め,古典光演算4)と量子光演算5)ともに含む新たな研究活動の波を引き起こしている。

本特集では,光演算の歴史からの最新の進展まで俯瞰し,光ニューラルネットワーク(光NN),リザバーコンピューティング,イジングマシン,光電子ハイブリッドコンピューティングシステムなどに代表される新しい光演算のコンセプト,光NNにおける新たな探索および残された課題について紹介する。

2 光演算の歴史回顧
図1は光演算とAIのいくつかのマイルストーンを示す。80年以上の間に,光演算とAIはそれぞれ二度の「研究の冬」を経験し,時間軸における近似傾向が観察される。AIが活発に研究される時期には,光演算にも広範な注目が集まる。レーザーが発明される前には,光信号処理の研究はフーリエ変換光学6)やホログラフィー7)に集中した。レーザーが発明された後は,光コヒーレント特性を利用した光相関器8)や光行列演算9)の提案および実証が行われ,光画像処理に応用された。同時期には,様々な非コヒーレントな光行列演算10)や積和演算の研究も進めていた。この時期の光演算研究は初期段階にあり,基礎的な理論やさまざまなスキームが登場した1)。それらのスキームでは,レンズ,鏡,フィルムなどの固定的で再構成不可能な光学部品を使用した。1970年代にはこのような自由空間コヒーレント光プロセッサーが合成開口レーダーのデータ処理11)で成功を収めたものの,デジタルコンピューターが同じタスクで光プロセッサーと競合できるようになったため,同年代後半には光演算が短い「冬」を迎えた。

図1 光演算とAIの歴史回顧
図1 光演算とAIの歴史回顧

1980年代に入ると,AIが再びブームとなり,2024年ノーベル物理学賞を受賞された研究であるホップフィールドネットワークやボルツマンマシンが提案された。当時,大規模集積回路は発明されていたものの,電子コンピューターはまだ初期段階にあり,動作速度を含む性能は低かった。そのため,光演算にも再び注目が集まった。AI分野でホップフィールドネットワークが提案された直後に,光ホップフィールドネットワーク12)や光ニューラルネットワーク13)が提案された。同時期には液晶空間光変調器14)や光電子ハイブリッドアーキテクチャ15)16)の導入により,光ニューラルネットワークや光コンピューターはある程度スケーラブルで再構成可能になり,光コンピューティングがデジタルコンピューティングやAIアプリケーションに対して,低消費電力,高速,スケーラブルな解決策を提供できると期待された。しかしながら,光演算はムーアの法則による指数関数的な進化についていけず,1990年代にはデジタルプロセッサが急速な進歩を遂げ,プログラム可能性,柔軟性,安定性において圧倒的な利点を示したため,光演算への期待は2000年代前後に失われ,再び「研究の冬」を迎えた。

2010年代に入り,前述の通りシリコンベースのムーアの法則が限界に近づく中で,大規模化されたAIモデルにおける消費電力問題がますます深刻化したことから,エネルギー効率が高く低レイテンシの専用AIハードウェアへの需要が高まり,光演算への関心が再び復活した。光リザバーコンピューティング17),光イジングマシン18),フォトニックニューラルネットワーク(PNN)19),光電融合演算システム,光強化学習など,これまで存在しなかった新たな光コンピューティングのコンセプトが提案・実証されている。以下に本号に掲載された招待論文で示されたこの分野の最新進展を紹介する。

3 新たな光演算への進展
光NNは,空間光学,ファイバー光学,および光集積回路の三つの主要なプラットフォーム上で,コヒーレントまたはインコヒーレントな手法により実現されている。自由空間光学を用いた光NNの利点は,2D画像入力を直接処理でき,大規模な2次元行列変換を実行可能である。自由空間回折光学やオンチップ回折メタ構造を用いた光NNがこれまでに提案されたが20),これらの回折光学部品は一度作成されると再構成が困難であるという制約があった。最近では,石橋らが磁気光学効果を活用した光回折型ニューラルネットワークデバイス(MO-D2NN)を提案し,学習可能な回折光NNの実証に成功した21)。このデバイスは磁性体の磁気光学効果を利用することで,可視光での動作,省電力,デバイスの微細化,リアルタイムNN演算を可能にしている。2次元の画像データを高速並列処理する能力を活かし,手書き数字分類タスクを実証した。

シリコン光集積回路をベースとしたPNNは,コヒーレント干渉計(例:Clements型MZIメッシュ22))やインコヒーレントなリングベースのクロスバーマトリックスを使用して,内積計算,行列乗算,ユニタリ変換などの演算を行うことで,従来のANNにおける80%以上を占める線形演算を置き換え,低電力AIアクセラレータの実現を目指している19)。最近,NTTの北らは,大規模Clements型行列演算の校正手法を開発し,より高い忠実度を達成するとともに,実機を用いた手書き数字認識の実証にも成功した23)。現在,高エネルギー効率かつ低遅延の光NN演算を実現するPNNに関する研究成果が次々と報告されている。

ファイバーベースの光NNでは,主に時間,空間,波長の多重化技術を活用して畳み込みや行列計算を行う。WDM(波長分割多重)はもともと大容量通信を実現するために開発された技術であり,光の広帯域幅の特性を活用することで計算速度を飛躍的に向上させることができる。最近,NTTの中島らはPLC光回路と呼ばれるデバイスを転用することで,空間・波長多重型の光行列演算機を実現した24)。また,中島らは同様の技術を用いて光リザバーコンピューティングも実装した25)

光強化学習は従来には存在しない光演算の新しい非ノイマン型コンセプトである。久世らは,強化学習の課題の一つである意思決定のマルチアームバンディット(MAB)問題に対して,カオス的マイクロ共振器周波数コム(カオスコム)を利用する手法を提案・実証した26)。MAB問題では,複数の不確実な選択肢の中から報酬を最大化する方法を探るものであり,アルゴリズムによる解決策は問題の複雑さが増すにつれて計算効率が低下するという課題がある。久世らは44個のコムモードを使用して44台のスロットマシンに対応させ,従来のソフトウェアアルゴリズムや他のフォトニクス手法に対して競争力があることを示した。

組合せ最適化問題(NPとして)をイジングモデルの最低エネルギー状態探索問題に置き換えることで,最適解を探索することを目指すイジングマシンの研究が行われている。NTT稲垣らは縮退光パラメトリック発振器(DOPO)がとりうる2種類の発振状態を用いて光スパイキングニューラルネットワーク(光SNN)を実証し,組合せ最適化問題であるイジングモデルにおける基底状態探索へと応用した。多数のDOPOと任意の2つのDOPO間に光結合を導入することが必要であり,稲垣らは全長1kmの長距離光ファイバリング共振器における時間領域で多重化することで,大規模ジングマシンに成功した27)

デジタルプロセッサ間のデータ移動におけるレイテンシおよび電力ボトルネックを克服するため,光電融合演算システムが活発に研究され,近年注目されている。最近,TSMC社はEIC-PIC(光電融合回路)の先進的な実装技術を用いて512×512の大規模光積和演算を実証した28)。また,川上らは再帰型NN(RNN)に最適化された新しい光電融合型の計算機アーキテクチャを検討し,計算機アーキテクチャ探索と光技術以外との強調設計の重要性を提示した29)。エッジでのリアルタイムAI処理や次世代データセンター向けAIシステムに向けて,光電融合演算システムはAIアクセラレータの有望な解決策とみられている。

光NNは応用に向けた研究が進められている。砂田らは光NNやリザバーコンピューティング技術を用いた光センシングとの融合を検討し,高速マシンビジョンや触覚マルチモーダルセンシングへの応用を示した30)。これにより,光NNや光コンピューティングの応用への道筋を開拓している。

4 新型光NNへの探索と残る課題
光NNにおいて採用される汎用AIモデル(MLPやCNNなど)は,汎化性能が高く柔軟性に優れる一方で,多くのパラメータを必要とするため,モデル構造には一定の冗長性が含まれる。この冗長性はデジタルプロセッサ上では許容可能であるが,アナログハードウェア,特に現在のフォトニクス技術で,同規模のモデルを構築することは困難である。そのため,フォトニクスハードウェアに適した新たなモデルの開発が求められている。こうした背景のもと,PNNの性能を維持しつつ,新たなモデルを探索する研究が進められている。非線形写像を用いたPNN31),EO-ホップフィールドネットワーク32),アダマール積のカスケードによる垂直多層化PNN33),新しい演算子を活用する光NN34),エクストリームラーニングマシン35),さらにはフォトニクスと統合された強化学習など36),多様な新モデルが次々と提案されている。しかしながら,スケーラビリティや実用的な光学非線形性の実現,アルゴリズムとの整合性,光特性をアーキテクチャ設計などの多くの課題が残されている。また,集積フォトニクスの可能性を最大限に活用するには,新しいデバイス設計や不揮発性材料技術の導入,光集積回路に特化したモデルの開発,そして革新的な光NNアーキテクチャの構築が必要である。これらの課題を解決すること光NNのさらなる進展の鍵と考えられる。

5 終わりに
近年,光NNを含む光演算及び光電融合コンピューティングは非ノイマン型コンピューティングやAIの分野の最前線に位置づけている。この先,フォトニクスや物理学,集積技術,コンピュータアーキテクチャ,そしてAIモデルといった学際的な分野の進展により,残る課題が克服されれば,光プロセッサーや光NNは,高エネルギー効率,高速,低遅延を備えたAIハードウェアの解決策を提供できるだろう。この技術は,将来のスマート社会における低消費電力・低遅延AI処理を支え,社会的・経済的価値の創出に大きく貢献することが期待される。

参考文献
1) P. Ambs, Advances in Optical Technologies, doi:10.1155/2010/372652.
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4) B. J. Shastri, et al., Nat. Photon. 15, 102-114 (2021).
5) E. Pelucchi, et al., Nature Reviews Physics 4, 194-208 (2022).
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13) H. J. Caulfield, J. Kinser, and S. K. Rogers, Proc. IEEE 77, 1573-1583 (1989).
14) J. Spall, et al., Optics Letters 45, 5752 (2020).
15) F. Kiamilev, et al, Opt. Engineering 28, 284396 (1989).
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17) F. Duport, et al., Opt. Express 20, 22783 (2012).
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21) T. Fujita, et al., Opt. Express 30, 36889 (2022).
22) W. R. Clements, et al, Optica 3, 1460 (2016).
23) S. Kita,本特集の寄稿
24) Nakajima,本特集の寄稿
25) M. Nakajima, K. Tanaka, and T. Hashimoto, Communications Physics 4, 1 (2021).
26) 久世,本特集の寄稿
27) 稲垣,本特集の寄稿
28) C. H. Fann, et al, IEDM 2024.
29) 川上,本特集の寄稿
30) 砂田,本特集の寄稿
31) G. Cong, et al., Nat. Commun. 13 3261 (2022).
32) G. Cong, et al., OFC2023, W3G.2.
33) G. Cong, et al, APL Photonics 9, 056110 (2024).
34) https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/project/1111124/1111124_2024. html
35) D. Pierangeli, et al., Photonics Research 9, 1446 (2021).
36) X. K. Li, et al., Nat. Commun. 15, 1044 (2024).





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