月刊OPTRONICS 特集序文公開

実用化が進むメタマテリアル/メタサーフェスを第一線の研究者が解説

さらなる進展が期待されるメタマテリアル/メタサーフェス 著者:(国研)理化学研究所 田中拓男

1.はじめに

「殺人的な暑さ」。この表現が正しい日本語なのかはわからないが意味はわかる。このような言葉を使いたくなるほどこの夏は暑い。科学者としては,少し夏が暑いだけで地球温暖化が進んでいると言うつもりはない。そこで何か証拠が欲しいと思いネットを調べてみると,気象庁のホームページに桜の開花日のデータを見つけた。図1 は,1953年以降の東京と大阪の桜の開花日をプロットしたもので,4/1 を基準として桜の開花日がそれ以降ならプラス,4/1 より早ければマイナスでプロットした。年ごとに揺らぎはあるものの,近似直線は右肩下がりになっており,桜の開花日は徐々に早まっている。これだけで全てを判断することはできないが,確かに地球が暖かくなっている様子はうかがえた。筆者が子供の頃は,小学校の入学式というと満開の桜とピカピカのランドセルというイメージだったが,最近では入学式の頃は既に桜は散っているので,今の子供達にとって桜は入学式ではなく卒業式を連想させるものかもしれない。

図1 東京と大阪の桜の開花日の変遷。
図1 東京と大阪の桜の開花日の変遷。

メタマテリアルとは何の関係もない話と思われるだろうが然にあらず。メタマテリアルの応用技術が注目される中,エネルギーや環境問題への貢献は研究動向の重要なトピックスとして学会等でもさかんに議論されている。

例えばメタマテリアルで作った中赤外光透過フィルターは,その透過スペクトル帯域を大気の窓と呼ばれる波長8 ~ 13 μmに合わせると,ちょうど地球表面からの黒体輻射を宇宙に逃がしてくれる。さらに同時に太陽光のスペクトル強度が高い可視光域の光を反射するように設計すれば,そのメタマテリアルの影に配置された物体は,太陽光で温められず,一方自らの輻射は宇宙に逃げるので物体の温度が下がる。いわゆる放射冷却を人工的に起こして電力を使わずに物体を冷却することができる2)。残念ながら日本の大気は水蒸気が多く,水が赤外線を吸収して空気自体が温まってしまうため,この原理を使って物体を冷やすことは難しい。自然の放射冷却が日本で起こるのが冬に限定されているのは,空気が乾燥するのが冬だけだからである。一方,一年中空気が乾燥している地域は地球上にはいくらでもあるので,このような地域ではこのメタマテリアルを用いた放射冷却デバイスが有効に機能し,大規模な実験プラントも作られている。

また,太陽光エネルギーを利用して,水を分解して水素を製造するメタマテリアルも,数年前までは論文で議論されているレベルであったが,既に欧米などではベンチャー企業が作られており,次世代の水素社会を見据えた動きが活発化している。

このように世界的にはメタマテリアルは基礎科学研究レベルを越えて,実用的に利用するレベルに移行しつつある。

さて,本紙におけるメタマテリアル/メタサーフェスの特集は,一昨年の9月号,昨年の10月号に続き3年連続になった。もはや総論として書く事は思い当たらず,メタマテリアルならびにメタサーフェスそのものの一般的な説明も不要であろう。といってここで筆を置くわけにはいかないので,ここでは少し異なる観点から,メタマテリアルを眺めて本論に繋げたい。

2.空間変調としてのメタマテリアル

空気で満たされた空間にガラス製の凸レンズを1 つ置いた状況を考える。光が曲がるのは,レンズの表面と裏面の2 箇所であり,空気の中でもレンズの中でも光は直進している。均質な空間中では光は直進するので,光を曲げるには何かが変化した不均質な空間が必要である。そして光にとってのその「何か」とは「屈折率」である。空間中にレンズを置くという行為は,3次元空間の中の一部分の屈折率を変化させて,空間中の屈折率の不均質さを使って光を曲げている。これは屈折率という物理量を空間的に変調しているとも解釈できる。単純な凸レンズではなく,複雑な組み合わせレンズを置くということは,この空間的な屈折率の変調をより複雑化・高度化することで,より巧みに光を制御することに対応する。実際,組み合わせレンズを使えば単一レンズでは除去できない各種収差などを補正して,より正確な像を形成できるようになる。

これを突き詰めて,光の波長よりも細かなスケールで屈折率を変調したものがメタマテリアルで,そこから生み出される新しい特性や機能を利用するサイエンスとテクノロジーである。

3.時間変動メタマテリアル

空間的な屈折率の変調がこれまでのメタマテリアルであるとすれば,我々が住んでいる3 次元の世界の次元を1 つ落として屈折率を2 次元的に変調にしたものがメタサーフェスだと見なすことができる。一方,我々が住むこの世界には3次元空間を表すx-y-z 軸の3 つの座標軸の他に時間軸というもう1 つ座標軸がある。屈折率の変調は,空間軸だけでなくこの時間軸に沿って変調してもよい。このアイデアに基づいて,屈折率を時間方向に変調するメタマテリアルが“Time-varying metamaterial”である。筆者の知る限りこの単語の公式な日本語訳は未だなく,敢えて訳すなら「時間変動メタマテリアル」もしくは「時間変調メタマテリアル」であろう。これは時間結晶の実現とも関連しており,今ホットなトピックスになりつつある。

メタマテリアル研究の初期を振り返ると,その当時の話題の1 つは「負の屈折率物質」で,負の屈折率物質があると,完全なレンズ(perfect lens)が実現できる事が話題になった。そもそもメタマテリアルは,その負の屈折率物質を創り出す手段の1 つとして提案された。これと同様に,時間変動メタマテリアルは,時間結晶を作り出す1 つの手法として今注目されはじめている。

4.機能性メタレンズ

メタサーフェスを用いた応用技術の中で最も注目されているのがメタレンズであることはここ数年変わっていない。収差の補正や広帯域化などレンズとしての基本特性の高性能化に対する研究・開発は脈々と続けられているが各々の研究成果については多数の論文が発表されているため本特集では取り上げない。一方,メタレンズは単に薄くてフラットなレンズを実現できるだけでなく,レンズ機能に加えて様々な機能を複合化できるというメリットがある。東京農工大の岩見健太郎氏には,光の偏光を分離して集光する機能や,プリズムや波長板の機能を併せ持つメタレンズについて解説を頂く。そしてその応用事例の1 つとして,超小型の原子時計用のメタレンズを紹介いただく。「時計」と聞くと,腕時計や柱時計のように時を刻むものを直接的には連想するが,今や時計は時を刻むだけの道具ではない。

不動産屋の物件紹介文に「最寄り駅から徒歩1 分」といった表現を目にすることがある。「1分」だから時間を表しているのだが,本当に言いたい事は時間ではなく距離,すなわち「駅から近い」ということである。このように時間と距離は速度を介して繋がっており,我々の生活になくてはならないGPSも高精度な時計があってはじめて正確な位置を算出することができる。

超小型の高精度な時計が開発されて様々なデバイスに組み込まれるようになれば,我々の生活に大きな変化をもたらすことは確実である。メタマテリアルは原子時計の超小型化に貢献するのである。

5.3 次元メタマテリアル

先に述べた様にこれまでのメタマテリアルが屈折率の3次元空間中の変調だとすれば,x-y-zの全ての方向に自由に屈折率を変調した3次元メタマテリアルの実現は到達点の1 つになる。この3次元メタマテリアルを実現する試みは,これまで様々に行われてきた。筆者もレーザーを用いて3 次元金属ナノ構造を加工する手法や,DNAを用いた自己組織化手法,さらには電子ビームリソグラフィー法と自己組織化法を併用して,3次元メタマテリアルを構成する立体的な金ナノリングを大量に加工する技術などを提案したが,未だ完全かつ大規模な3 次元メタマテリアルを加工できる手法は開発されていない。このような3次元メタマテリアルを実現する試みの1 つとして,東北大学の金森義明氏には独自に開発した加工技術を紹介頂く。

6.機械学習を用いたメタマテリアル設計

最近いずれの分野においても機械学習技術の積極的な活用が議論されており,学術雑誌や学会等でも数多くの論文が発表されている。特にメタマテリアルは空間的な屈折率の変調,すなわち物質を様々な形状に人工的に加工することで光波を制御する技術なので,メタマテリアルの特性や機能を決めるのは形であり,その形状の自由度は極めて高い。そのため,あらゆるパラメータをしらみつぶしに探索して最適化することは現実的に不可能であり,機械学習を用いた最適化手法の導入が早くから検討されてきた。東京農工大の久保若奈氏には,機械学習手法の1つである深層強化学習を用いて広帯域なハイパボリックメタマテリアルを設計する研究成果を解説頂く。

 

詳細は本編を参照いただくとして,補足としてハイパボリックメタマテリアルについて簡単に紹介しておく。空間中を伝播する光波の波数は一般に実数の値を取る。波数とは波長の逆数であり,物質内の波数(k)は真空中の波数(k0)にその物質の屈折率(n)を掛けたものになる。光は3 次元空間を様々な方向に伝播するので波数はベクトルとなり,x, y, z 方向にそれぞれ波数kx, ky, kz成分を持って,

式(1) (1)

の関係がある。すなわち,光の伝播方向が変化してkx, ky, kzの割合が変わってもベクトルの先端は,常に半径kの球表面を動く事になる。

光波がx, y, zのいずれかの方向に伝搬するのを抑制して,例えばz 方向には伝搬しないエバネッセント場になる状況を作る。この時kzは虚数となり,式⑴は

式(2) (2)

とkz の前の符号がマイナスになる。この式が表す曲面が双曲面であることがハイパボリックメタマテリアルと呼ばれるゆえんである。kzが虚数になる御利益は,kx, ky がkを超えていくらでも大きくなれるなどいくつかあるが,久保氏はこれを広帯域な光吸収体として利用することで熱電変換素子や光電変換素子の高効率化へ応用しようとしている。

7.光の発光制御

原子や分子からの発光は一般に等方的に起こる。この原因の1 つは発光源となる原子や分子が空間中で自由に回転するからであるが,この回転を止めることは難しく,仮に分子を強く固定してその運動を強制的に止めてしまうと,発光そのものが無くなったり弱くなることもある。一方,物質からの発光を光源として利用しようとすると,必要な方向だけに発光が起こって欲しい事がある。例えばレーザー共振器内で起こる自然放出光はレーザー増幅の種光であるが,共振器の共振モードと無関係な方向に発光した光は単に無駄になる。我々の身の回りの照明でも,あらゆる方向を均一に照らすという用途はあまりなく,ある方向に光強度を集中させたい事の方が多い。それ以外にも,あっという間に蛍光灯を置き換えてしまった白色LEDは直接白色光を発光しているのではなく,元は青色光のみで,これに青色光を吸収して黄色の蛍光を発する蛍光体を組み合わせて白色光を生みだしている。この時青色光と黄色の蛍光の指向性が異なると,うまく混色が起こらないので,蛍光の発光方向を制御する技術が必要になる。大阪公立大の村井駿介氏には,メタマテリアルを用いた蛍光制御技術について解説いただく。

8.おわりに

メタマテリアルという学問が生まれたのはほぼ四半世紀前の今世紀初め頃である。メタマテリアルは光科学におけるブレイクスルーの1 つとして研究者からは大きな注目を浴びたが,一方実用面からは何に使えるのかが未知であると様子見されている雰囲気がひしひしと感じられた。その状況が一変したのはここ数年である。今やメタマテリアル/メタサーフェスは基礎科学分野の純粋な研究対象からそれを利用する技術もしくは応用先の探究へと大きく流れがかわっている。本特集が,メタマテリアルのさらなる応用のヒントになり,この分野が益々発展してくれることを期待している。

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