田中久重と藤岡市助の偉大な発明と事業への展開
発明王といえばトーマス・エジソン(1847−1931)ですが,その偉大な発明王にちなんで“日本のエジソン”と呼ばれる人が何人かいます。その中でも特に有名なのが江戸~明治時代に活躍した田中久重(1799−1881)と,明治~大正時代の藤岡市助(1857−1918)ではないでしょうか。今回はこの二人の世界をたどってみました。
田中久重の世界

出典:(a)国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)より
(b)文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/)より
田中久重は,筑後国久留米(現福岡県久留米市)でべっ甲細工師の長男として1799(寛政11)年に生まれています(図1(a))。親譲りで器用な久重は,9歳の時に他人には開けられない工夫をした“硯箱”を考案して周囲の人を驚かせ,14歳頃には久留米絣(カスリ)の模様を織る織機を考案していました。さらに,からくり構造を描いた本を父から貰った頃から本格的にからくり人形を作り始め,21歳の時に作った“茶汲み人形”が評判になります。そんな久重のそれからの飛躍も凄いものです。
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