レーザー誘起損傷閾値(LIDT)⑵

著者: sugi
図5 様々なレーザー誘起損傷メカニズムの時間的依存性4)
図5 様々なレーザー誘起損傷メカニズムの時間的依存性4)

パルスレーザー(前号からの続き):
ナノ秒の短いレーザーパルスによる損傷は,材料がレーザービームの高電場に晒された結果として生じる絶縁破壊が代表的になる1)。絶縁破壊は,印加電圧が材料の破壊電圧を超え,電流が絶縁材の中を流れる時に生じる。パルス幅が広い,または繰り返しレートが高いレーザーシステムでは,レーザー誘起損傷が熱誘起損傷と絶縁破壊の組み合わせの結果起こる場合がある。

これは,パルス持続時間が熱誘起損傷に影響を与える電子−格子力学の持続時間レベルにまだあるためである。こうした熱的損傷プロセスは,約10 ps以下の超短パルスでは無視できる2)

超短パルスの場合,多光子吸収や多光子イオン化,トンネルイオン化,雪崩イオン化のようなメカニズムを介して,価電子帯から伝導帯への電子の非線形励起により損傷を引き起こす3)

パルスレーザーのLIDTは,パワー密度ではなく,J/cm2の単位を用いたフルエンスで規定される。J/cm2の単位には時間の関数が含まれていないが,損傷閾値はパルス持続時間に依存していることを認識しておくことが重要になる。LIDTのフルエンス値は,殆どの場合パルス持続時間の増加に伴い増加する。

パルスレーザーのLIDTスペックを理解するには,レーザーの波長やビーム径,パルスエネルギー,パルス持続時間,繰り返しレート,および強度プロファイル(例えば,ガウシアンやフラットトップ)を知っておく必要がある。パルスレーザーのフルエンス,パルスエネルギー,及びビーム径の関係は,次式のように定義される:

式(3) ⑶

例えば,10 mJのパルスエネルギー,10 nsのパルス持続時間,10 µmのビーム径を有するフラットトップなQスイッチ(パルス)レーザーは,以下のフルエンスを持つ:

式(4) ⑷

キロジュールレベルのフルエンス値は非常に大きく,ほぼ確実にオプティクスに損傷を与える。よって,計算内にレーザーエネルギーだけでなく,ビーム径の要素を入れておくことは極めて重要になる。

損傷メカニズム:
熱の蓄積や絶縁破壊に加え,レーザー誘起損傷は,レーザーとある種の欠陥の相互作用によって引き起こされることがある。この種の欠陥には,切削・研磨工程後に残された表面下損傷,光学面上に残された研磨剤微粒子,そして蒸着後に残った金属要素のクラスターが含まれる。こうした欠陥の原因は異なる吸収特性を示し,欠陥の性質やサイズがオプティクスが損傷せずに耐えられるレーザーフルエンスの大きさを決定付ける。

表1 様々な損傷メカニズムの概要
表1 様々な損傷メカニズムの概要

前述したように,パルス持続時間はレーザー誘起損傷に至るメカニズムに大きな影響を与える(図5)。フェムト秒からピコ秒オーダーのパルス持続時間の場合,材料の価電子帯にある電荷キャリアが伝導帯に励起し,多光子吸収や多光子イオン化,トンネルイオン化,雪崩イオン化などの非線形効果を生じさせることがある(表1)。

ピコ秒からナノ秒オーダーのパルス持続時間の場合,伝導帯にある電荷キャリアがキャリア散乱やキャリア−フォノン散乱を通じて緩和することで価電子帯に戻り,それによって損傷を引き起こす場合がある。

図6 異なる根本原因から生じたレーザー誘起損傷の様々な形態
図6 異なる根本原因から生じたレーザー誘起損傷の様々な形態

損傷に至る根本原因次第で,レーザー誘起損傷の形態は異なるものになる(図6)。こうした形態への理解は,蒸着やプロセス開発に重要になるが,レーザーオプティクスアプリケーションの場合,それは損傷がレーザーシステムの性能を大きく低下させるかどうかの判断のみに重要となる。

システムが対応できる性能低下の量は,そのアプリケーションに依存する。例えば,あるアプリケーションでは10%の透過率低下は許容できるかもしれないが,別のものでは入射光の1%以上が散乱でも許容不可かもしれない。ISO 21254:2011によれば,レーザー暴露後のオプティクス内に見られる変化はいずれも損傷と見なされる。

LIDTのスケーリング:
損傷閾値は,波長とパルス持続時間に依存することに留意しておくことが重要だ。あるオプティクスに規定されたLIDTの波長やパルス持続時間とは異なる条件がアプリケーション上必要になる場合,LIDTの大きさはそのアプリケーション条件で評価されなければならない。LIDTのスケーリングは,可能であるなら避けるべきである。

なぜなら,全ての状況に適用可能なスケーリングルールの提供が難しいからである。なお初期条件の波長(λ1)とパルス持続時間(τ1)から新たな波長(λ2)やパルス持続時間(τ2)へLIDT値をスケーリングする一般則は以下の通り存在する5)

式(5) ⑸

このスケーリング法は,波長かパルス持続時間の条件が大きく異なる場合には適用すべきではない。例えば,式⑸は,1064 nmから1030 nmへの波長シフトには問題ないが,1064 nmで規定されたLIDT値から355 nmのように,大幅に異なる波長へのスケーリングは適用すべきではない。


参考文献
1)Paschotta, Rüdiger. Encyclopedia of Laser Physics and Technology, RP Photonics, October (2017), www.rp-photonics.com/encyclopedia.html.
2)Jing, X. et al., Calculation of Femtosecond Pulse Laser Induced Damage Threshold for Broadband Antireflective Microstructure Arrays. Opt. Exp. (2009), 17, 24137.
3)Mao, S. S. et al., Dynamics of Femtosecond Laser Interactions with Dielectrics. Appl. Phys. A (2004), 79, 1695.
4)Nature Photonics, vol. 2, pages 219-225 (2008) https://www.nature.com/articles/nphoton.2008.47
5)Carr, C. W., et al. “Wavelength Dependence of Laser-Induced Damage: Determining the Damage Initiation Mechanisms.” Physical Review Letters, 91, 12, (2003).


■Laser Induced Damage Threshold (LIDT)⑵
■Edmund Optics Japan Co., Ltd.

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