レーザー誘起損傷閾値(LIDT)(1)

図1 同一の光学的パワーをもつガウシアンビームとフラットトップビームのプロファイル比較2)
図1 同一の光学的パワーをもつガウシアンビームとフラットトップビームのプロファイル比較2)

1. はじめに
レーザー誘起損傷閾値(LIDT),またはレーザー損傷閾値(LDT)は,ISO 21254の中で「光学部品にレーザー照射した際に損傷確率がゼロであるレーザー放射の最大値」であると定義されている1)

LIDTの目的は,レーザーオプティクスが損傷に耐えることのできる最大のレーザーフルエンス(パルスレーザーの場合は通常J/cm2),もしくはレーザー強度(CWレーザーの場合は通常W/cm2)を規定することにある。

レーザー損傷試験の統計学的性質から,LIDTを損傷が起きることのない最大フルエンスとしてではなく,損傷確率が深刻なリスクレベル以下であると見なせる最大フルエンスとして見なされるべきである。リスクレベルは,ビーム径や照射箇所当たりのショット数,また仕様を決める際に試験の行われたサンプル数など,いくつかのファクターに依存している。

光学部品のレーザー誘起損傷は,壊滅的な故障になり得るほどのシステム性能劣化を引き起こす。LIDTの誤った理解は,大幅なコストアップや部品故障につながるかもしれない。特にハイパワーレーザーを扱う際,LIDTは,反射型,透過型,吸収型を問わず,全ての種類のレーザーオプティクスにとって重要なスペックになる。

LIDTをどのように試験するのか,損傷をどのように検出するか,試験データをどのように解釈するのかに関する業界内コンセンサスの欠如は,LIDTをより複雑にしている。LIDTの値自体は,試験に用いられたビーム径や,照射箇所当たりのショット数,また試験データの分析方法を伝えてはくれないからだ。

セクション1:LIDT入門
レーザーのフルエンスがオプティクスに損傷を与えるかどうかを判断するには,まずパワー,ビーム径,ビーム強度分布,レーザーの種類がCWかパルスか,といったレーザーのスペックが理解されていなければならない。パルスレーザーの場合は,パルスの持続時間も考慮されるべきである。

レーザー強度:見かけほど簡単ではない
レーザービームの強度は,単位面積当たりの光学的パワーで,一般的にW/cm2で測定される。ビーム断面内のレーザーの強度分布が強度プロファイルと呼ばれる。最も一般的な強度プロファイルに,フラットトップビームやガウシアンビームがある。

フラットトップビーム,もしくはトップハットビームは,ビーム断面内での強度分布が一定の強度プロファイルである。ガウシアンビームは,ガウス関数にしたがい,ビームの中心から離れるほど強度が次第に減少していく。ガウシアンビームのフルエンスのピークは,光学的パワーが同じである場合,フラットトップビームのそれの2倍大きくなる(図1)。

図2 ガウシアンビームの有効径は,フルエンスの増加につれ大きくなり,より多くの損傷箇所が最大フルエンスをもつ曲線の幅の中に入ってくることから,レーザー誘起損傷の発生確率をより高くさせる
図2 ガウシアンビームの有効径は,フルエンスの増加につれ大きくなり,より多くの損傷箇所が最大フルエンスをもつ曲線の幅の中に入ってくることから,レーザー誘起損傷の発生確率をより高くさせる

ガウシアンビームの有効ビーム直径も,フルエンスに伴い変化する。フルエンスが増加する時,ビーム幅のより大きなエリアがレーザー誘起損傷を誘発するのに十分なフルエンスとなる(図2)。これは,ガウシアンビームの代わりにフラットトップビームを用いることで回避することができる(更なる情報は,本連載で以前に解説した『ガウシアンビームの伝搬』を参照)。

レーザーの強度は,それと一緒に使用するオプティクスに求められるLIDTの決定に重要な役割を果たす。レーザーの中には,ホットスポットと呼ばれるより高い強度をもつ意図しないエリアをもつものがあり,それがレーザー誘起損傷に影響を及ぼすことがある。

連続波(CW)レーザー:
連続波(CW)レーザーによる損傷は,光学部品の薄膜や基板内の吸収による熱的効果の結果から通常起こる2)。アクロマートレンズなどの接着加工した光学部品は,接着部での吸収や散乱から,より低いCW損傷閾値になる傾向がある。

CWのLIDTスペックを理解するためには,レーザーの波長やビーム径,パワー密度,および強度プロファイル(例えばガウシアンやフラットトップ)を知っておく必要がある。CWレーザーのLIDTは,単位面積当たりのパワー,一般的にはW/cm2の単位を用いて規定される。例えば,フラットトップビームをもつ5 mW,532 nmのNd:YAGレーザーを1 mmのビーム直径で用いると,そのパワー密度は次式で与えられる:

式(1) ⑴

したがって,あるオプティクスに対して規定されたLIDTが0.64 W/cm2より低い場合は,532 nmでは光学的損傷のリスクがある。ガウシアンビームが使われるのなら,更に2の安全係数を加えておく必要があるだろう。

パルスレーザー:

図3 パルスレーザーの各パルスは,繰り返しレートの逆数の間隔で時間的に離れる
図3 パルスレーザーの各パルスは,繰り返しレートの逆数の間隔で時間的に離れる

パルスレーザーは,所定の繰り返しレート,即ち周波数でレーザーエネルギーの離散的波動を出射する(図3)。1パルス当たりのエネルギーは,平均パワーに正比例し,レーザーの繰り返しレートに反比例する(図4)。

図4 パルスエネルギーと繰り返しレートの組み合わせでレーザーのトータルパワーが決まる
図4 パルスエネルギーと繰り返しレートの組み合わせでレーザーのトータルパワーが決まる

式(2) ⑵




参考文献
1)International Organization for Standardization. (2011). Lasers and laser-related equipment –Test methods for laser-induced damage threshold– Part 1: Definitions and general principles (ISO 21254-1:2011).
2)R. M. Wood, Optics and Laser Tech. 29, pages 421-527 (1998).




■Laser Induced Damage Threshold (LIDT)⑴
■Edmund Optics Japan Co., Ltd.

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