レーザー誘起損傷閾値(LIDT)⑷

図11 図中央の縦線で示されるLIDT値と2つのパラメータで最適近似されたウェイビル分布を持つ実際のLIDT試験データ。LIDT値未満であっても損傷する可能性がまだ残っていることを示している
図11 図中央の縦線で示されるLIDT値と2つのパラメータで最適近似されたウェイビル分布を持つ実際のLIDT試験データ。LIDT値未満であっても損傷する可能性がまだ残っていることを示している

セクション3:損傷検出方法(前号からの続き)
試験結果は,損傷を評価するために用いられる検出方法次第で大きく異なるものになるかもしれない。しかしながら,どの方法を用いるかに関する業界内コンセンサスは現時点では存在しない。顕微鏡法は,損傷を識別するのに最も一般的に用いられているが,それ以外にも散乱光診断,プラズマスパークモニタリング,トポグラフィ解析を始めとする検出方法が存在する。

トポグラフィ解析
レーザー損傷のトポグラフィ解析にはレーザー誘起損傷箇所の高さ方向マップの生成が含まれるため,損傷のサイズや深さがわかるようになる。

この方法は,他の方法に比べるとより面倒で時間もかかるため,余り一般的には用いらない。しかしながら,この方法を用いると,損傷を引き起こす根本的メカニズムを理解する上での貴重な情報が手に入る。トポグラフィ解析は,光学顕微鏡法,原子間力顕微鏡(AFM)法,走査電子顕微鏡(SEM)法,ステッププロファイラーや白色干渉法(WLI)を始めとするいくつかの異なる技法を用いて実施される。

レーザー誘起損傷のタイプに合わせて,その検出に適した技法がある。ステッププロファイラーとAFMは,浅い損傷箇所(直径が約200 µm以下で深さ1ナノメートル程度)を正確に測定するのに理想的になる。2つの技法とも,機械的なプローブを用いてサンプルを走査し,プローブの偏位に基づく高さ方向マップを生成する。AFMシステムは,1ナノメートルの数分の一オーダーの分解能を達成することができ,可視光の光学的な回折限界の1000倍以上小さくなる。

SEMは,多層コーティング蒸着後に残されたディグを始め,アスペクト比(幅と深さの比)が1程度のより深い損傷箇所の測定では,ステッププロファイラーやAFMよりも効果的だ。SEMは,電子の集束ビームを用いてサンプル表面を走査して画像を形成し,光子のそれよりも遥かに深く浸透させることができる。ステッププロファイラーやAFMは,深い損傷箇所の測定には適さない。その急勾配によって,接触式プローブが欠陥下部に達して正確な測定を行うことを困難にさせるからだ。

バルク材もしくはピンポイント構造内に浸透した極めて深い損傷箇所の測定は遥かに困難になる。なぜなら,伝統的なトポグラフィ分析技法は,オプティクスの表面を調べられるだけになるからだ。こうした損傷箇所を測定するには,バルク材料に劈開(クリービング)やエッチング処理を施し,前述の技法のいずれか一つを用いて様々な深度で断面測定を行う必要がある。測定した数々の断面図は,完全な3Dトポグラフィマップ内で合成することができる。

セクション4:LIDT試験結果の解釈
あるオプティクスに規定されたLIDT値は,損傷する確率がゼロであるレーザーフルエンスを決定するため,試験データを線形外挿して決められる。しかしながら,これは真に線形ではないデータを線形近似していることになる。

この値だけで必要なすべての情報が得られている訳ではなく,このLIDT値以下でも損傷は起こり得る。ワイブル分布やブール分布は,LIDTデータに対して遥かに正確な近似を可能にする連続確率分布になる(図11)。

図11において,フルエンスがおおよそ5 J/cm2の場合,これが規定されたLIDT値未満であっても損傷確率はゼロではない。損傷確率に示される縦線のエラーバーは試験箇所の数によって引き出され,フルエンスの横線のエラーバーは試験レーザーのショット毎の変動によって引き出される。

この世にパーフェクトなレーザーは存在しないため,かならずある程度のホットスポット,もしくは強度の変動がある。そのため,レーザーの使用条件よりも高いLIDTをもつオプティクスを選定することで,安全係数を加えておく必要がある。業界慣行では一般に2もしくは3の安全係数が用いられるが,必要とされる安全係数はアプリケーションやレーザーのタイプに大きく依存するため,全ての状況に対して万能的に機能する安全係数というのは存在しない。しかしながら,レーザー誘起損傷が欠陥を招く場合は,異なる安全係数で損傷確率を評価できる統計学モデルが存在する(セクション5参照)。

図12 小径ビームが試験対象のオプティクス上の低密度に集まる欠陥部に照射される可能性は低く,得られるLIDT値が楽観的なものになる
図12 小径ビームが試験対象のオプティクス上の低密度に集まる欠陥部に照射される可能性は低く,得られるLIDT値が楽観的なものになる

セクション5:LIDTにおけるビーム径の重要性
レーザービームの直径は,それがレーザー誘起損傷の確率に直接的な影響を及ぼすため,オプティクスのLIDTに高度な影響を与える。LIDT試験に使われるレーザーのビームサイズがオプティクス上の欠陥の密度より十分に大きい場合,希少な損傷メカニズムを誘発する可能性が高くなる–こうしたあり得そうもない事象は検出可能。反対にビームサイズが小さすぎる場合,小さな欠陥密度は必ずしも検出可能ではなく,その部品の耐性に対する実力値よりも大きく見えてしまうことになる(図12)。

図13 2つの異なる欠陥タイプをもつこの例では,ビームサイズが0.2 mmから10 mmへスケーリングされると,LIDT値が10分の一にまで落ちる結果となる
図13 2つの異なる欠陥タイプをもつこの例では,ビームサイズが0.2 mmから10 mmへスケーリングされると,LIDT値が10分の一にまで落ちる結果となる

ISO 21254のLIDT試験で許容される最小ビーム径は0.2 mmである。レーザーオプティクスのサプライヤーの多くは,大きなフルエンス結果が容易に得られるよう,ビーム径を可能な限り小さくしたがる傾向がある。しかしこれは,被検面のアンダーサンプリング(負例を増やすこと)につながる可能性がある。図13は,レーザー損傷がビームの直径によってどのように変わるかを示す。

ここに示されたシナリオでは,閾値フルエンスが10 Jの欠陥が多数あり,1 Jの欠陥は少数派になる。この簡略化したモデルは,現実世界の使用に関する洞察を与える。なぜなら,レーザーオプティクスには様々な種類の欠陥が異なる密度(Defect Density)で,かつ各々が異なる閾値で存在するのが通常になるからだ。ビーム径を0.2 mmから10 mmにスケーリングすると,損傷確率(Damage Probability)が劇的に変化するので,試験から結論づけられたLIDT値も変化する。

0.2 mm径ビームでは,閾値が1 Jの欠陥の一つを検出する機会は小さなものになる。この理由から,損傷確率は10 Jのフルエンスに到達するまでとても低いままになる。次に,ビームサイズを0.2 mmから2 mmに大きくすると,閾値が1 Jの欠陥を検出する可能性が高くなるので,1 Jのフルエンスでの損傷確率が急激に増加する。更にビーム径を10 mmにすると,1 Jでの損傷確率が更に増加して100%近くになる。

LIDTは波長やパルス持続時間によって変化し,ビーム径によっても変化する。ビーム径の変化が大きくない時のLIDT値の変化は,元の直径と新しい直径の比の二乗分を元々のLIDT値に乗算することで近似することができる。
式⑹




■Laser Induced Damage Threshold (LIDT)⑷
■Edmund Optics Japan Co., Ltd.

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