メタマテリアル熱電変換

図1 (a)メタマテリアル電極を装着したBi0.3Sb1.7Te3熱電変換素子の模式図とメタマテリアル電極の断面模式図。(b)メタマテリアル構造の表面電子顕微鏡図。スケールバーはそれぞれ30と3μm。
図1 (a)メタマテリアル電極を装着したBi0.3Sb1.7Te3熱電変換素子の模式図とメタマテリアル電極の断面模式図。(b)メタマテリアル構造の表面電子顕微鏡図。スケールバーはそれぞれ30と3μm。

ただ,このような機構に基づいた熱電発電はこれまで報告されていない。そこで筆者はまずこの機構によって均一な温度分布の環境においても熱電発電が生じるか,計算的に確かめた。その結果,均一な温度分布の環境でも熱電発電する計算結果が得られた7)。そこで実験検証を実施した。ここでは,均一な温度分布の環境における熱電発電の実験検証について述べる8)

2. メタマテリアル熱電変換の実現

均一な温度分布の環境において駆動する熱電変換素子を実現するために,364 K(91℃)に対応する熱輻射(ピーク波長:8μm)を吸収するメタマテリアル吸収体構造を設計し,作製した。今回利用したメタマテリアルは銀(Ag)薄膜,フッ化カルシウム薄膜(CaF2),Agディスクの三層で構成されている(図1(a))。図1(b)にメタマテリアル表面の電子顕微鏡図を示す。

この金属,誘電体,金属の積層構造体は,磁気共鳴モードを誘起することから,強い電磁波吸収特性を示す。図2にメタマテリアル構造体の実測の赤外吸収スペクトルを示す。メタマテリアルは波長6μmにおいて強い吸収を示すことを確認した。図2には364 Kの黒体輻射スペクトルも併せて示す。この図からもメタマテリアルの吸収バンドが364Kの黒体輻射と重なり,メタマテリアルが黒体輻射の一部を吸収することが確認できた。

図2 メタマテリアル(実線)と比較電極(破線)の実測吸収スペクトルと364 Kにおける黒体輻射スペクトル(点線)の比較。
図2 メタマテリアル(実線)と比較電極(破線)の実測吸収スペクトルと364 Kにおける黒体輻射スペクトル(点線)の比較。

メタマテリアルを形成した基板は,横・縦長さ,厚みがそれぞれ4,6 mm,および300μmの銅電極である。メタマテリアルを形成した銅電極は熱電変換素子であるp型のビスマスアンチモンテルル(Bi0.3Sb1.7Te3,㈱豊島製作所提供)素子の一端に半田で固定した(図1(a))。

Bi0.3Sb1.7Te3の他端には,銅電極表面にAg,CaF2薄膜のみを形成した比較電極を装着した。メタマテリアル電極と比較電極の違いは,メタマテリアルを形成するAgディスク配列構造の有無である。図2の破線は比較電極の赤外吸収スペクトルを示す。比較電極は2-10μmの波長においては赤外吸収特性をほとんど示さない。つまり,電極表面のAgディスクを形成するか否かによって電極の光吸収率を劇的に変化させることができる。

片方にメタマテリアル電極を,他端に比較電極を装着したBi0.3Sb1.7Te3素子をメタマテリアル素子と呼ぶ。加えて,Bi0.3Sb1.7Te3素子の両端に比較電極を装着した比較素子も準備した。比較素子を準備する際は,メタマテリアル素子のメタマテリアル電極を取り外し,比較電極を装着した。このプロセスを用いると,Bi0.3Sb1.7Te3素子と他端に装着した比較電極を保持したまま,素子の発電特性を評価できる。つまり,メタマテリアル電極の発電特性に対する効果のみを議論することが可能になる。熱電特性に対するメタマテリアル電極の効果を評価する上で極めて重要な点である。

熱電特性を評価するにあたっては,メタマテリアル素子をユニバーサル基板上に設置した。メタマテリアル電極および比較電極にはそれぞれ金線を取り付け,その金線は導線を介してマルチメーターに接続されている。両電極近傍の温度を測定するために,電極から2mm離れた位置にサーミスタを取り付けた。左右に設置したサーミスタの温度差は±0.2 K以内の精度で温度を測定できるよう補正してある。

図3 実測の環境温度に対するメタマテリアル素子(●点)と比較素子(■点)の出力電圧の比較。
図3 実測の環境温度に対するメタマテリアル素子(●点)と比較素子(■点)の出力電圧の比較。

均一な温度分布の環境を模するために,メタマテリアル素子を装着した基板を電気炉内の中央に設置した。この時電気炉内のファンによって生じる対流が,素子上に過渡的な温度勾配を発生させて熱電特性に影響を与えることを防ぐために,カーボン製のるつぼ(直径および高さがそれぞれ2.5cm)を素子とサーミスタを囲うようにかぶせた。メタマテリアル素子やサーミスタに接続した配線は電気炉外に設置したマルチメーターに接続した。配線は電気炉内外の温度を経験するため,配線の温度勾配が影響しないよう,左右配線の長さを一定にするなど,細心の注意を払った。図3にサーミスタで実測した環境温度に対する出力電圧の相関を示す。まず,364Kの温度環境においてメタマテリアル素子は18.9±6.7μV(測定数n=5)の出力電圧を示した。Bi0.3Sb1.7Te3素子の実測ゼーベック係数(-140μV/K)から考えると,素子上には0.14 Kの温度差が生じたことが推測された。一方,比較素子の出力電圧は-1.2±4.4μVであったことから,メタマテリアル素子は比較素子に対し大きな出力電圧を示すことを確認した。

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