ミニインタビュー
伊藤先生に聞く
研究テーマは“縁”。やりきることが鍵になる

─この研究を始めたきっかけを教えてください。
(伊藤)素粒子実験を行なう上で,環境放射線がバックグラウンドとして重要になるため,高感度な放射線検出器が必要になります。特に,自らの実験で使用する検査機の材料選定や品質評価には市販品では対応できないことが多く,必要に迫られて独自に装置を開発することになりました。こうして,自作装置の設計・構築が研究の出発点となり,ガスTPC光検出器を用いた高感度α線イメージ分析装置の開発に至りました。
─この研究の面白さを教えてください。
(伊藤)α線は目に見えない放射線ですが,ガスTPC(タイムプロジェクションチェンバー)という装置を使うことで,その粒子の飛跡をまるで飛行機雲のように可視化できます。見えないものが見えるようになるという体験は,放射線測定の大きな魅力であり,非常にワクワクする瞬間です。この技術は主に表面汚染の分析に使われており,実際に社会貢献できる場面があるという点でも,大きなやりがいを感じています。
─研究している中で苦労していることはありますか。
(伊藤)現在の研究で最も苦労している点のひとつは,やはり研究費の少なさです。装置を設計しても,部品ひとつひとつが非常に高価なため,すべてを一度に実現するのは難しい状況です。限られた予算の中で,小さな装置に工夫を凝らしてパーツを付け替えながら,少しずつ地道に研究を進めているのが現状です。
─この研究がどのように応用されることを期待していますか。
(伊藤)本来の目的は,素粒子実験に活用するためですが,将来的には社会実装もできればと考えています。その応用先として注目しているのが,半導体分野です。具体的には,パッケージングに使われるはんだなどの材料の品質管理に,この装置が役立つのではないかと期待しています。
─若手研究者が置かれている状況をどう見ていますか。
(伊藤)最近は,ニュースなどでも取り上げられるようになり,若手研究者の待遇は少しずつ改善されてきていると感じています。特に博士課程への進学に対する社会の理解や支援が進んできており,全体としては良い方向に動いている印象です。ただ,まだ不満もありますので,さらなる改善が必要だと思っています。
─さらに若手や学生に向けてメッセージをお願いします。
(伊藤)研究室配属の際に,自分の希望とは異なるテーマを与えられることもあります。ただ,最初はあまり魅力を感じなかったとしても,与えられたテーマを深く掘り下げ,最後までやりきることを強くお勧めします。というのも,そうした基礎的な研究こそが,後に大きな研究成果を生む鍵になることがあるからです。
(聞き手:梅村舞香/杉島孝弘)
イトウ ヒロシ
所属:神戸大学 大学院理学研究科 物理学専攻 粒子物理学研究室 講師
略歴:1990年生まれ。2017年 千葉大学大学院理学研究科物理学コース博士後期課程修了,博士(理学)。2017年 神戸大学 学術研究員。2019年 東京大学宇宙線研究所 特任研究員。2021年 東京理科大学 助教。2025年より神戸大学講師。
趣味:旅行(任期付きで転々としていたときに近くの観光地(白川郷・高山など)を楽しんでいた)
(月刊OPTRONICS 2025年6月号)