「熟成した8K」の開発に移行するNHK放送技術研究所

■フレキシブル有機ELディスプレー

技研ではフレキシブルな大型ディスプレーを実現するために,フィルム基板を用いた有機ELディスプレーの開発を進めている。実用化に向けた最大の課題は,ディスプレーの寿命を左右する,フィルム基板から侵入する水分と酸素の対策となっている。

技研は今回,新たに開発した電子注入層を用いた,逆構造の有機ELディスプレーを試作した。この電子注入層は酸化亜鉛などを材料に作られており,これまでの電子注入層より水分や酸素を通しにくいという特性を持つ。

通常,有機ELディスプレーはフィルム基板の上に陽極(ITO),発光層,電子注入層,陰極と積み上げていくが,今回,陰極を下層に配置し,その上に開発した電子注入層,発光層,陽極と積み上げる逆構造にした。これにより,電子注入層を,フィルム基板から侵入した水分や酸素が発光層に入り込むのを防ぐ「バリア」として利用できるようになる。

実際にこの材料と技術で試作したディスプレーは,1年以上の寿命を確認しており,現在も評価実験は継続している。

さらに技研では,酸化物トランジスター(TFT)についても,真空スパッタ成膜のように高額な設備投資を必要としない,塗布プロセスの開発を進めている。

これまで塗布型酸化物TFTは,膜密度が低いため移動度が低く,溶液由来の不純物を低減するためには高温(>400℃)で焼成する必要があった。

これらの問題を解決するため,技研では還元反応による不純物の除去を研究している。これは,材料の塗布後に水素プラズマによって水素を導入したのち,300℃の低温でTFTを形成するというもので,還元反応によって水素と共に不純物が除去されるだけでなく,酸素が入り込むことで膜密度も向上する。

これにより,水素を導入しない場合と比べ,移動度は1.8 cm2/Vsから,5.2 cm2/Vsへと向上するなど,この技術が大画面フレキシブル有機ディスプレーの生産に寄与する可能性が示された。

■放送向けHDR技術「HLG」

ITU-R勧告として定められているスーパーハイビジョンの規格のうち,画素数が約3,300万(7,680×4,320),ビット階調12 bit,フレーム周波数120 Hz,色域がBT.2020を満足するものを「フルスペック8K」と呼び,普及期における実用化を目指している。

NHKではここに高ダイナミックレンジ(HDR:High Dynamic Range)も指標として追加することを検討しており,近いうちにITU-R勧告にも追加される見通しだという。

今回,HDRに対応した85インチの8Kディスプレーを展示した。階調は12 bit相当。フレーム周波数は120 Hzにも対応しているが,展示はソースとのインターフェースの関係上60 Hzで行なわれた。また,BT.2020に対する色域包含率は77%となっている。

バックライトをマトリクスLED方式とし,最大輝度を1,000 cd/m2以上に上げたことで,コントラスト比を従来の100倍以上となる100,000:1にまで向上した。これによりコントラストが強い映像でも,黒潰れや白飛びを極力抑えて表示することが可能となった。 HDR方式にはイギリスBBCと開発したハイブリッド・ログ・ガンマ(HLG:Hybrid Log Gamma)を採用。

現在,HDR方式には映画製作向けに作られたDolbyのPQカーブなどがあるが,このHLGはテレビ放送に使いやすいHDR方式として開発された。ガンマ特性と対数特性を組み合わせた変換関数を用い,撮影側で光から電気信号への変換を規定する。

そのためHLGには対応カメラが必要となる。技研は,フルスペック8KとHLGの両方に対応した映像を撮影できる「フルスペック8Kカメラ」を日立国際電気と開発したほか,従来開発してきた8KカメラもHLG対応とした。

HLGは従来と同様にビデオ信号を取り扱えるため,映像調整が容易で制作機器もそのまま使えるという特長がある。対応するカメラとディスプレーさえあれば実現できるだけでなく,既存のSDR方式とも互換性があるため,放送側・受信側の双方にとって,使いやすい規格となっている。