東大ら,レーザーでチタン酸化物表面をナノ磁石化

東京大学と仏パリ南大学らの共同研究グループは,チタン酸化物の表面に強磁性の層が熱処理により生成されることを初めて発見した(ニュースリリース)。

磁気記録はデータストレージ技術の中心であり,今後も磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)等の次世代技術の実用化により更なる発展が期待されている。今日のHDDでは,大容量化のための高記録密度を実現するために垂直磁化材料を用いる必要があり,これには白金などのレアメタル材料が使用されている。

今回,研究グループは,ごくありふれたチタン酸化物であるチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の結晶表面が強磁性を持っており,なおかつ強い垂直磁化を示すことを発見した。

チタン酸ストロンチウムはレアアースや磁性元素等を含まず,しかも極めて安価。立方体状の単純な結晶構造(ペロブスカイト構造)を持ち,単結晶作製が比較的容易なことから,誘電体・磁性体・超電導等の薄膜・デバイス作製における基板材料として広く利用されてきた。

チタン酸ストロンチウムを含めたチタン酸化物のチタンはTi+4イオン状態であり,磁性を担うための価電子(d電子)を持たないため,この物質自体は強磁性を示さない。

一方で,本来絶縁体であるチタン酸ストロンチウムの結晶表面に酸素原子がわずかに足りない環境をつくると,表面に微量の価電子が生成され,それが理想的な表面伝導を示す層(2次元電子ガス)を形成することが明らかにされていた。

研究グループは,この価電子を持つ特殊な伝導性のある表面では,磁性が出現する可能性があることを考えた。このような物質全体から見ると非常に微量な表面のみの磁性を,物質の中の磁性不純物と区別し,精確に検出するためには,表面を高感度に測定でき,かつ不純物かどうかを見分けるためのミクロ観察技術が必要となる。

最近,東大では,表面の磁性を極めて高い感度で測定できるレーザー光電子顕微鏡 (レーザーPEEM)装置の開発に成功していた。レーザーPEEMは紫外レーザーを照射することで物質から電子(光電子)を取り出し,伝導状態・磁気状態を観察することが可能な新しい手法。

チタン酸ストロンチウム表面にある価電子のエネルギー準位が他の電子とは離れていて,一番高いエネルギーを持っているため,紫外レーザーで価電子だけを励起・放出させることができる。

このレーザーPEEMを用いて,表面の磁気状態をマッピングできる磁気イメージングを行なったところ,室温で磁石のように磁気モーメントが揃っている磁気ドメインが,ナノサイズで表面に均一に分布していることが分かった。これは,加熱処理で生じた酸素欠損由来の価電子がわずかに存在し,強磁性を発現していると考えられるという。

表面のわずかな価電子が強磁性を形成するという今回の結果は,従来の磁性理論では説明が付かない現象であり,今後の磁性の基礎研究において大きな影響を与えるとしている。

さらに,この強磁性は垂直方向の磁化を持ち,600℃以上でも磁気特性は保持されることも確認した。これまで磁性すら持たないと考えられてきたチタン酸化物が室温強磁性を持ち,かつレアメタル系材料のように強い垂直磁化を持つという今回の結果は,磁気記録の分野に新たな技術を提供するものだとしている。

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