寿司や刺身など,魚の生食を日常とする日本は,扱う水産物の鮮度において世界トップレベルにある。しかし,魚の鮮度の判定はヒトの感覚,いわゆる「目利き」に伝統的に頼ってきており,標準的な単位や測定法といったものも存在しない。もし鮮度が定量的に数値化されれば,市場に透明性が担保され,漁業関係者だけでなく消費者にとっても利益となる。
標準化された手法ではないが,現在,数値的な鮮度の評価法として,ATP関連化合物の組成(K値)を分析する化学的方法がある。魚介類の筋肉組織にエネルギー源として含まれるアデノシン三リン酸(ATP)は,死後24時間以内にADP,AMP,IMPを経て分解され,数時間から数日後にはその分解産物であるHxRとHxが蓄積する。これらATP関連物質6成分の含量と,HxRとHxの含量の割合がK値となる。

生食できるような水産物の鮮度評価には,このK値による評価が適しているとされているが,その測定は試料に対して試薬の投入と遠心分離を繰り返し,最終的な溶液を高速液体クロマトグラフィーにて測定するという,複雑な手順と高価で大型の装置を必要とする。
そこで現在,画像解析や半導体臭気センサーなどを用いた簡易的な鮮度判定法の研究が進められている。もちろん光技術もその一つであり,10年ほど前になるが東洋大学の研究グループが,レーザーを魚の目に当て,その濁り具合をカメラで撮影・分析することでK値を推定する技術を開発している。しかし,頭の無い切り身には対応できないといった弱点のせいか,その後の進展は不明である。
これ以降,光を用いた魚介類の鮮度測定の研究について聞く機会はあまり無かったが,今年に入り,広島大学を中心とした研究グループから続けて2件の発表があった。まず広島大学と理研は,非線形光散乱現象を魚肉の鮮度評価に応用し,マグロが熟成する過程における筋肉分解の進み具合を定量化する新技術を発表した。
これは二次高調波発生(SHG)偏光顕微鏡を活用し,マグロの筋肉の分解過程を定量化するもので,解凍後48時間で鮮度低下の指標であるK値が急増することが判明。この時点で,うま味成分であるイノシン酸の産生量も最大となることが分かり,解凍後48時間が,最もおいしいタイミングである可能性が示された。
さらに広島大学と宇和島プロジェクトは,生物が本来持っている蛍光(自家蛍光)を詳細に解析することにより,鮮魚の鮮度を非破壊的かつ定量的に評価できる可能性を調査し,少なくとも,トラウトサーモン,マダイ,ブリの3魚種に共通する蛍光成分を同定した。
研究グループは,魚種に依存しない共通の変化成分の抽出を試みた結果,特に455nmの励起条件において,約540nm付近の蛍光(FAD)が,3魚種すべてにおいて保存時間とともに一貫して増加することを明らかにした。これは,鮮度の低下(酸化)の進行を示す普遍的な指標となる可能性を示唆しているという。
いずれも大型で高価な装置を要し,簡易検査に適するものではないが,例えば装置を専用化できれば一定の小型化が期待できるだろう。また,この検査法を標準化し,規定の鮮度をクリアした魚にお墨付きを与える制度を確立すれば,目利きの職人がいない国においても魚介料理の品質を担保できる。光技術によって,世界の和食ブームをさらに後押しできるに違いない。【デジタルメディア編集長 杉島孝弘】



