レーザーアブレーションが宇宙ごみを動かす! ─スカパーJSATや理研らが挑むレーザー衛星とは

─どのくらいの距離から照射を行なうのですか?
レーザーアブレーションによる推力発生実験の様子 提供:スカパーJSAT
レーザーアブレーションによる推力発生実験の様子 提供:スカパーJSAT

(福島)具体的距離は検討中ですが,遠すぎても近すぎてもいけません。現在開発されている他の技術は対象物に接近して行ないますが,接近するということは危険と同義です。その意味で,レーザーはある程度距離を取れることが最大のメリットです。その距離も例えば1mで大丈夫かというとそうではなくて,やっぱりある程度,50mや100mは離したいと思っています。

では遠く離れさえすればいいのかというとそれも違って,あまりに遠いと今度はレーザーがちゃんと当たるのかという問題が出てきます。除去衛星側の姿勢制御の要求も高くなりますし,集光するためのレンズも大きくしたり,レーザーのエネルギーも高めなくてはいけません。いろんなパラメータに影響してくるので,現実的な範囲でなるべく近い距離を狙っています。

─今回のミッションで理研の知見が生きるのはどんなところでしょうか?

(津野)やはり,大きな出力を安定して出すというところ,それを宇宙で動かすというところですね。レーザーは既に宇宙に上がっています。私は日本が上げた第一号機を作りました。「はやぶさ」は小惑星イトカワのすぐ手前で止まるために,イトカワまでの距離を測るレーザー高度計を積んでいましたが,それを私のチームが開発しました。当時日本ではそういう知見を持つ人が少なかったので苦労しました。今,私は理研の2つのチームに所属しています。衛星姿勢軌道制御用レーザー開発研究チームは衛星搭載用レーザーを開発するためのチームですが,もう一つの光量子制御技術開発チームはレーザーそのものを開発する,あるいはレーザーを使った計測や応用を開発するレーザーの総合研究部隊です。ここではいろんな意味でレーザーを知っている,作っている人がいるので,そういう人たちの知見を結集します。

「はやぶさ2」や月周回衛星「かぐや」も同様のレーザー高度計を搭載しましたし,今度のMMX(火星衛星探査計画)の探査機にも載ろうとしています。地球観測用のレーザーもJAXAが開発を進めています。世界を見てもレーザーは数多く打ち上げられていて,火星に着陸もしているんです。NASAのローバーに積まれているLIBS(レーザー誘起ブレークダウン分光法)装置がそれで,レーザーは宇宙でいろんな応用利用があります。

出力が大きいものでは,ヨーロッパの地球観測衛星が積む大気風の観測用LIDARのレーザーがありますが,今回の我々のものよりはちょっと小さい。つまり我々が作ろうとしているのは世界最大クラスなので,やはり難しいとは思います。ただ,これまで宇宙のレーザーは,観測する人たちが今ある機器をなんとか使える形にする場合が多かったのですが,今回はレーザーの専門家たちが,力を合わせて開発しようとしているところが大きな違いです。

─宇宙でレーザーを使う上で難しいところはどこでしょうか?

(津野)宇宙は修理に行けないので,どれひとつとして故障してはいけないというのが一番難しいところです。これまで何十個と機器を作ってきて,軌道上で自分の責任で故障した機器は一切ないというのが私の自慢ですが(笑),それでも難しいところはたくさんあります。開発しているのはアブレーションを起こさせるレーザーです。レーザーの非常に強い光を使ってアブレーションを発生させるのですが,レーザー内部でアブレーションを起こしてしまうことがあります(輻射ダメージ)。ダメージでレーザーそのものが壊れてしまう,というドラスティックなことが起きるので,それが怖いと言えば怖いですね。

はやぶさの時,真空中でレーザーにダメージが入って壊れるという経験があったので,その後熱真空試験を何回もやりました。そうしたリスクのコントロールについて,今回は知見がありますし,レーザーでよく問題とされる熱についても,設計の工夫でなんとかなると思っています。ただ,今回は福島さんが言ったように,小型にしないといけません。装置は頑張って作るほど重く,大きくなっていくのが常です。私がよく言うのは,宇宙で使う機器というのは,妥協の結果として完成するものです。本当に欲しい性能だけを,許されている重量や電力の中で使えるように設計をするので,時には寿命を犠牲にすることもあり得ます。月周回衛星「かぐや」のレーザーも100 kmくらいから高度を正確に測るため「はやぶさ」の10倍くらいの出力が必要だったのですが,その代わりにレーザーパルスの繰返し周波数を上げることはできなか ったと聞いています。要望を聞きつつ,どこをどう妥協をするのかというのが腕の見せどころ,ということです。

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