─コストはどうでしょうか?
最終的なこのレプリカをとる材料費はたいした額ではないと思いますが,最初の鋳型を作るのに加速器を使う部分や,必要な大面積でレプリカを作る手間ですとか全部加味してどうか,ですね。
─一番苦労したのはどういった所ですか?
最初は,イオンビーム加工した母材基板自体に黒いコーティングをすることも試したのですが,なかなか性能が出ず,また毎回イオンビーム加工が必要というデメリットもありました。転写する方法にたどり着いて,しかも十分な性能が出せるようになるまで,ノウハウを積み上げるのにずいぶん時間がかかりました。
あとは性能の評価でも苦労しました。なんせ反射率が0.1%を切るような世界です。ともすれば測定装置のベースライン信号が0.1%より大きい場合もある中で,いかに正確に評価するか。その結果を論文投稿して,他の国の専門家を納得させないといけないので,そのあたりも苦労した点になると思います。
─その甲斐あって反響も大きかったと思いますが,どんな話がありましたか?
反響はたくさんいただいていて,中には思いもよらなかった提案もありました。カメラや望遠鏡の筒の内面に付け,迷光や乱反射を防止する用途は当然あり得ると思いますし,例えば映画館の天井や壁をより暗くしたり,VRのヘッドセットの内側側面に使えば,映像により没入できる環境になります。あとは,映り込み防止という意味で商品撮影の背景というのもありました。
中でも面白いなと思ったアイデアは,車のダッシュボードへの応用です。黒く見えるダッシュボードも,太陽光の照り返しがガラスに映りこんで視界が悪くなることがあります。実際に試してみたところ,暗黒シートは全く照り返さないので,クリアな視界が確保できました。
こうした応用は,どれも大きな面積のシートが必要だと思います。民間企業さんとも連携して,安価に量産できる技術を生みだしていけたらいいなと考えています。
─海外でもベンタブラックやMITのカーボンナノチューブを使った物質など,
黒い物質の話題が急に増えた気がします
この1年でたまたま話題が重なった理由はちょっとわかりません(笑)。もともとカーボンナノチューブを使ったベンタブラックという黒い物質が発表されたのは2014年頃の話で,そこからずっと話題が続いているということです。さらにその元となったカーボンナノチューブ黒体の研究発表は2008年~2009年くらいですから,もう10年以上カーボンナノチューブが最も黒いと言われ続けている状態です。
さらに昨年は,ベンタブラックの日本代理店ができました。それが我々の暗黒シートの発表とほぼ同時期だったことが相乗効果としてあったのかもしれません。9月には自動車をベンタブラックで黒くしたという発表も重なって,それぞれ話題になったということでしょう。
ベンタブラックは手で触れないのですが,暗黒シートよりも黒いので,反射率をとにかく抑えたいということであればベンタブラックを,なるべく黒い方がよいが触る可能性があるという場面だったら暗黒シートを,というように,棲み分けができるといいかなと思っています。
他には,2018年に世界一黒い鳥(タンビカンザシフウチョウ)の黒さの秘密についての論文が発表されたという話題もありましたし,先ほどのベンタブラックをとあるアーティストだけが独占していることに対抗心を燃やした別のアーティストが,独自に黒い素材を作ったことが話題になったりと,下地がいろいろあったのかなと思っています。いずれにせよ,我々はこうした黒にまつわる話題に乗っかれた口だと思っています(笑)。
─今後の研究の方向性をお聞かせください
幸い,暗黒シートを必要としてくださる声を多くいただいているので,まずは実用化,製品化というのが大きな目標です。技術的には大面積化の実現やコストもそうですが,今は赤外域で99.9%以上と言っている吸収率を,可視域でもその性能が出せるよう改良したいと考えています。
市販の黒いシートでも,いい製品は暗黒シートに近い吸収率のものが存在します。そういう意味では,暗黒シートはもっと性能を出して差別化していく必要があると思っています。
(月刊OPTRONICS 2020年3月号)