シースルーなプロジェクション型ライトフィールドディスプレイ

3. HOEを用いたライトフィールドディスプレイ

3.1 ディスプレイの原理3, 4)
図3 ディスプレイ概要とHOEスクリーンの主な機能
図3 ディスプレイ概要とHOEスクリーンの主な機能

図3にディスプレイの概要と原理を示す。ディスプレイ全体は,一般的なプロジェクターと透明なHOEスクリーンの2点で構成される。HOEには,以下で述べる3種類の機能が重畳して記録されており,HOE一枚がall-in-oneな光学スクリーンとして機能することで,シンプルな構成でありながら,シースルー性やライトフィールド映像の表示を実現している。HOEにもたせた機能は以下の通りである。

機能①:プロジェクターから投影される1画素1画素を所定の方向に反射することでライトフィールド再生を実現する凹面鏡アレイの機能

機能②:プロジェクターの投影画角をキャンセルしてコリメートするためのフィールドレンズの機能

機能③:プロジェクターの鏡面反射光と回折光を分離し,ディスプレイの使用環境に応じてユーザーの方向に光線全体を曲げるチルト機能

機能①は,プロジェクターがスクリーン上に結像する各画素を位置に応じて適切な角度に反射するライトフィールドディスプレイとしての役割を果たす。各画素の反射方向とプロジェクターで投影する画像に整合性を持たせることで,ユーザーに両眼視差,運動視差を伴う立体映像を提示することができる。機能②は,機能①で反射した光線群の各凹面鏡の主光線を等方向にそろえる役割を果たしており,スクリーン周辺の光が発散して反射することでユーザーに光線が届かなくなる問題を防ぐ。機能③は,プロジェクターからの光がHOEを保持するガラス基板や基材で鏡面反射する場合,鏡面反射光と回折による光線群を分離する役割を持つ。また,ディスプレイ設計に応じて想定されるユーザーの観察方向に光線全体を傾ける役割も兼ねる。

3.2 HOEスクリーンの作製
図4 波面印刷に基づくホログラムプリンターの原理
図4 波面印刷に基づくホログラムプリンターの原理

一般的に,複数の機能を重畳したHOEを作製する場合は,光学的に同様の機能を持つ光学素子をマスターとして新たに作製する必要があり,金型の作製といった初期コストがかかる点や,作製精度による機能の制限が課題となる。一方,波面印刷と呼ばれている,計算機合成ホログラム(CGH)で再生した波面を物体光として直接記録することでホログラムを作製するホログラムプリント技術を用いることで,計算機上で設計した機能を持つHOEがマスターとなる光学素子を必要とせずに作製できるようになってきた。図4に波面印刷に基づくホログラムプリンターの原理を示す。

図5 軸外し凹面鏡の機能を持つHOEの作製例5)
図5 軸外し凹面鏡の機能を持つHOEの作製例5)

予め,最終的に記録したい物体光の波面を再生するCGHを計算し,そのCGHを空間光変調器(SLM)に表示してコリメートしたレーザー光を入射させることで,所望の機能を持つ物体光の波面を回折光として得る。途中の空間フィルタや縮小光学系を経て高次回折光や共役光といった不要光が除去され,物体光の波面がホログラム記録材料上に結像する。物体光と反対方向から参照光を入射させることで,反射型HOEを作製する。記録位置を記録材料の面内で移動させながら,記録位置に応じてCGHデータを切り替えて記録することで,大きいHOEの作製も可能である。図5は,ホログラムプリンターで作製した,軸外し凹面鏡と同様の機能を持ったHOEの作製例である。入射する光がHOEで反射し,軸外し凹面鏡の機能によってオフアクシスな位置に集光していることが分かる。

3.3 開発したディスプレイの仕様と再生結果
表1 開発したディスプレイの主な仕様
表1 開発したディスプレイの主な仕様

表1に開発したディスプレイの主な仕様を示す。プロジェクターから投影されるライトフィールド再生用の画像は,580 mm離れたHOEスクリーンで回折・反射し,スクリーンから1 m以上離れたユーザーに水平視野角26度の立体映像を提示する。

図6 ディスプレイの構成と再生像の例 Source: (b), (d) “Atom” created by alawam. f on sketchfab.com, (e) “Landscape” created by mhart on sketchfab.com
図6 ディスプレイの構成と再生像の例 Source: (b), (d) “Atom” created by alawam. f on sketchfab.com, (e) “Landscape” created by mhart on sketchfab.com

図6(a)にシステム構成と,図6(b)~(f)にいくつかの再生像の結果を示す。図6(b)では,カラーチャートを表示している。HOE作製時に3波長(473 nm,532 nm,660 nm)のホログラムを多重記録しているため,1枚のHOEで,フルカラーのコンテンツを表示することができる。図6(c)(d)は,左右方向から観察したときの視差を示している。観察位置に応じた視差が提示できており,立体映像が表示できていることが分かる。図6(e)(f)は,それぞれ地形図,ヘッドアップディスプレイ情報を表示した例である。全てのコンテンツで,透明なHOEスクリーンを介して背景光と映像光の重畳が実現できていることが分かる。

3.4 今後の開発課題

今回開発したディスプレイの空間解像度は,HOEスクリーン付近では凹面鏡アレイ数と同等になる。また,HOEスクリーンから離れると光線の回折による広がりの影響でボケが大きくなるため,奥行きの広い立体映像を表示することはできない。これについては,映像のマルチプロジェクション化やHOEスクリーンの機能の更なる工夫が必要である。また,ユーザーが観察する角度によって映像の色が変化する色ムラについても検討が必要である。これは,HOE作製時の参照光の入射角度と,再生光の入射角度が異なる場合に強く発生するため,HOEの作製時に再生時と一致するように参照光を入射させる工夫や,プロジェクターから投影する光線情報側で補正する必要がある。

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