─具体的にマウスはどうなるのですか
マウスを箱に入れ,その箱にツルツルの床面とザラザラの床面を用意しました。犬を飼っていらっしゃると分かるかもしれませんが,フローリングって犬は歩きづらいんですよね。マウスもおそらくそうで,歩きづらいツルツルよりもザラザラの方によく滞在するようになります。ところが,高次運動野から第一体性感覚野への入力を抑制すると,その滞在時間の偏りがなくなりました。これは知覚がおかしくなったと考えられます。
もし,本当に知覚がおかしくなったのであれば,知覚情報を基にした意思決定もおかしくなるはずです。そこで今度はY字型の迷路を作って,Yの分岐点の床面がツルツルまたはザラザラにランダムに変えられる装置を作りました。床がザラザラだったら右へ行くと報酬がもらえる。ツルツルだったら左に行くと報酬がもらえる。そういうタスクを作って30日間休みなくトレーニングさせると,マウスは約80%の確率で正解します。しかし,光で高次運動野から第一体性感覚野への入力を抑制すると,予想通り正解率が下がりました。知覚がおかしくなったということです。
もう一つの研究は記憶と睡眠に関わるものです。記憶の定着には睡眠が必要だと言われていますが,そのメカニズムを光遺伝学的手法によって明らかにしました。私たちは寝ているときは殆ど体を動かしません。ですから感覚入力はあまり脳へは届きません。では寝ている時,どの入力が記憶の定着に関与しているのか,というのが長年の疑問でした。
一つの仮説は,トップダウン入力が記憶の定着に関与するのでないかという考えです。感覚入力はボトムアップ入力と言います。反対に,脳内をぐるぐる廻っているような,または高次領域から低次領域に流れる情報をトップダウン入力と呼びます。先ほどお話しした高次運動野から感覚野への入力もトップダウン入力で,これを抑制したら正常な知覚が阻害されました。今回も同じ脳回路を対象にして,睡眠中にこのトップダウン入力を抑制してみました。するとマウスは,学習したはずの知覚情報を記憶として定着する事ができませんでした。睡眠には目がよく動くレム睡眠と動かないノンレム睡眠があります。学習直後のノンレム睡眠中にトップダウン入力を抑制すると記憶の定着が阻害されました。
─マウスに何を覚えさせようとしたのですか
前回の実験と少し似ています。初日にツルツルの床面だけの箱に10分間,マウスを置きました。その間マウスは自由に箱の中を探索します。その後,一旦ホームケージに戻し,1日自由に休ませます。そうするとマウスは24時間中約12時間の睡眠をとります。そして次の日,同じマウスをツルツルとデコボコの床面がある箱に入れます(注:前回の実験ではザラザラの床面を用いたが,この実験ではデコボコの床面を用いた。初日にツルツルとデコボコの床面の組み合わせをマウスに提示した場合,滞在時間に偏りは観察されないので実験として成立する)。
すると,前日にツルツルの床を歩いているマウスにとって,より興味があるのはデコボコの方で,結果としてデコボコ面における滞在時間が長くなります。このように,マウスが新しい環境を好む習性を利用することで,記憶の定着の度合いを測ることができます。そしてノンレム睡眠時にトップダウン入力を抑制すると,本来ならボコボコのほうにより長く滞在するはずが,ツルツルの床面もはじめて体験するかのように滞在時間に偏りがなくなります。すなわちこの結果は,寝る前にツルツル床を体験した記憶が定着されてないことを示します。







