月刊OPTRONICS 特集序文公開

日本を衛る光技術 問われる地政学リスクの時代

総論 ─防衛技術に貢献する光最新技術 著者:防衛装備庁 工藤順一

1.はじめに

日本周辺における安全保障環境は戦後,最も厳しい状況にある中,国民の命と平和な暮らし,そして領域を確実に守り抜くというわが国防衛の任務を全うする自衛隊の能力を十分に発揮してもらうために,防衛装備庁はその設置(2015 年10月)以来,研究開発も含めた優れた装備品(厳密には「装備品等」,「等」が付くのは防衛省設置法第4条第1項第13号による。本稿では以下「装備品」と省略。)確保に邁進している1)

特に,陸海空の自衛隊の装備品の研究開発は同庁が一元的に実施し,それらの技術分野の広範な範囲を限られた人員と予算で担当し,旧軍のような工廠(工場)を所有していないため,製造,生産は民間企業に委託している。戦後の光関係の装備品の研究は,同庁の前身である防衛庁技術研究所(1954 年7 月設立,人員40 名)時代2)から,業務分掌に電視機材・暗視器材の研究を抱え,関係会社による協力とともに現在の光波センサ(システム)や高出力レーザーの研究などに至るまで綿々と行われてきている。ちなみに,同研究所は1958年には防衛庁技術研究本部となり,その下の第1研究所第4部に光電応用研究室(業務分掌:電視,暗視の方式等)が設置され,そこで赤外線探知装置やレーザーなどの光に関する主要な研究が当時から既に開始されていた。

2022年12月,政府は国の安全保障に関する戦略として,国家安全保障戦略,国家防衛戦略及び防衛力整備計画(いわゆる「安保3文書」)を策定し,そのうちの国家防衛戦略に“防衛力の抜本的強化に当たって重視する能力”として,7つの柱(スタンド・オフ防衛能力,統合防空ミサイル防衛能力,無人アセット防衛能力,領域横断作戦能力,指揮統制・情報関連機能等)を掲げ,それらの内容を公表している3)

それらを踏まえて,従来から継続してきた研究や新規の研究が現在実施されており,本特集は,それらのうち,光に関係する最新の研究成果の一部を紹介するものである。

2.防衛技術に貢献する光最新技術

同庁の研究開発では,TRL(Technical Readiness Level:技術成熟度)の低い研究から育てて装備品の完成まで行っている。通常,TRLの低い研究(基盤研究)で成果を上げた後,研究試作,開発試作でTRLをさらに上げ,試験評価を経て,装備品としての機能・性能,安全性等を確保した後に装備化される。

また,近年の技術革新により民生技術が急速に進展し,これらの先進的(革新的・萌芽的)な技術は従来の戦い方を一変させるとともに我が方の対応を難しくさせる脅威を生んでしまう可能性があるため,防衛にも積極的に活用しようと2015年より「安全保障技術研究推進制度」を設けた。同制度は特にTRLが低めの基礎研究を対象としており,部外から応募された研究課題は外部有識者による審査を経て採択され,その成果は制限されずに公表可能で,広く民生分野への活用も期待される4)という我が国では画期的なものとなっている。さらに,同制度の研究成果や民生の有望な先進技術を早期に育成し,装備品への適用を推進(橋渡し)するために「先進技術の橋渡し研究」が設けられている5)

本特集で紹介する光関連の研究成果は,これらのうちの研究試作,先進技術の橋渡し研究,安全保障技術推進制度によるものである。

2.1  研究試作の成果(赤外線検知器,高出力レーザー)

同庁新世代装備研究所では先述のとおり,赤外線検知器や高出力レーザーを研究してきており,前者については,中赤外線(約3~5 μm)と遠赤外線(約8~12 μm)の冷却型検知器や非冷却型を対象としており,図1のように間断なく研究開発が実施されてきた。

図1 防衛装備庁の赤外線検知器の研究開発の歴史6)
図1 防衛装備庁の赤外線検知器の研究開発の歴史6)

特に,それまでバルクが中心だった検知材料が2000年代に入ると量子井戸を用いたQWIP(Quantum Well Infrared Photodetector)やQDIP(Quantum Dot Infrared Photodetector)に移行し,現在では量子井戸を周期的に多数積み重ねたT2SL(Type 2 SuperLattice)に進化した7)。この最新の成果については,富士通の角田氏に寄稿いただいた。また,後者については,2010年に始まった化学ヨウ素レーザーによる研究で本格化し,現在ではファイバーレーザーの結合による高出力化に至っている。この高出力レーザーについては防衛上の利点を中心に同庁同研究所の松尾技官に寄稿いただいた。

2.2 安全保障技術推進制度の成果

同制度開始以来の採択された研究課題のうち光関係は表1のとおりである。

この表より,多数の課題が採択され,先進技術として光技術が注目され,認識されていることが良く分かる。これらのうち,「グラフェン等2次元機能性原子薄膜を用いた光検知素子の基礎研究」については三菱電機の小川氏にグラフェンの光ゲート効果による紫外から赤外にわたる高感度な光検知の実証を中心に寄稿いただき,「ナノチューブネットワーク制御による新規赤外線検出素子の研究」については日本電気の弓削氏にカーボンナノチューブを用いた抵抗温度計数の高いボロメータ材料と印刷製造技術との組み合わせを目指した研究結果を寄稿いただいた。そして,「屈折率分布レンズ材料に関する研究」はその成果を受け継いだ先進技術の橋渡し研究を同研究所で現在実施しており,その成果の一部も交えてJAXA(航空宇宙研究開発機構)の荒井氏に寄稿いただいた。なお,「グラフェン等2次元機能性原子薄膜を用いた光検知素子の基礎研究」についても先進技術の橋渡し研究を実施中であるが,その成果の公表は次回の機会となってしまうことをご容赦願いたい。

赤外線検知器の非冷却型は約10年前にスマホにも搭載できるようなサイズにまで小型化を実現した海外勢(FLIR社など)に席巻されている現状であるが,上述のカーボン系の2件の研究は将来それらを超える可能性を秘めている。

3.おわりに(防衛技術に今後貢献できそうな技術)

防衛技術に貢献できそうな民生や学術分野での光の先端技術もまだ多数存在している。偏光,位相制御,周波数コム,メタサーフェス,変調,ゴーストイメージングなどである。いずれも昨今の技術進展によって従来手が及ばなかった光の波長レベルでの波の特徴を活用できるようになってきた状況によるものである。

例えば,電波(レーダー)の世界で当然であった技術や最新の信号処理技術を光で実現させることは光技術の応用範囲を拡げることとなるであろう。メトロウェザーの古本氏に寄稿いただいたドップラーライダーもその一例と考える。

最後に,量子力学101年(昨年はハイゼンベルグの行列表示が誕生して100年,今年はシュレディンガー方程式が誕生して100年)に至って,光技術は波の特徴だけではなく粒(量子)の特徴(量子重ね合わせ,量子もつれ)も今後一層活かすようになっていく,もしくは活かしていくべきと思われる。

参考文献

1) 防衛装備庁の施策概要,防衛装備庁HP,https://www.mod.go.jp/atla/soubichou_gaiyou.html
2) 三十八年のあゆみ,防衛庁技術研究本部第二研究所(1990).
3) 国家防衛戦略 Ⅳ防衛力の抜本的強化に当たって重視する能力,
防衛省・自衛隊HP,https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/guideline/strategy/pdf/strategy.pdf
4) 安全保障技術研究推進制度(防衛省ファンディング),防衛装備庁HP,https://www.mod.go.jp/atla/funding.html
5) 研究開発パンフレット p25,防衛装備庁HP,https://www.mod.go.jp/atla/research/rnd_files/rnd_brochure_jpn2025.pdf
6) 小林啓二,新世代装備研究所の概要と注目する光波センシング技術について,光波・ミリ波センシング研究部会第15 回報告会 令和7 年12 月3 日,防衛技術協会.
7) 工藤順一,新・防衛技術基礎講座 電装研編 第6 講 防衛分野における光波センサ技術,防衛技術ジャーナル2018. 3,p23.

工藤順一
防衛装備庁 新世代装備研究所 飯岡支所

略歴
1995年筑波大学大学院理工学研究科修了。同年より防衛庁技術研究本部第2研究所(現防衛装備庁新世代装備研究所)にて,光波センサシステム,赤外線撮像装置等の研究開発に従事。2016年4月同庁電子装備研究所センサ研究部光波センサ研究室長,2024年4月より現職(同支所長)。工学博士。

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