1.はじめに
赤外線イメージング市場では,非冷却赤外線イメージセンサ(Infrared Focal Plane Array以下IRFPA)を搭載した赤外線カメラが商用市場で大きく数量を増やしているが,金額ベースでは防衛割合が7 割前後を占めている。このような特殊な市場構造のもとでは,商用のみを対象として技術開発を推進していくことは難しく,これまでも防衛分野が技術革新を牽引してきた。こうしたビジネス環境では,公的資金により推進されるプロジェクトが,先端技術開発において中核的な役割を果たしている。本解説では,T2SL(Type-II Superlattice) IRFPAと非冷却IRFPAで注目されたプロジェクトを紹介し,赤外線イメ
ージングビジネスで公的プロジェクトが果たした役割を考察する。
2.T2SLプロジェクト
T2SL赤外線検出器は,二種類の半導体を数層から数十原子層の厚さで交互に積層したもので,この結晶構造が作り出すミニバンド間の励起により光を吸収する。組み合わせる半導体の種類と厚さによりSWIR(Short Wavelength Infrared)からLWIR(Long Wavelength Infrared)の範囲でカットオフ波長を制御することができ,光子型検出器として主流であるHgCdTeおよびInSbを用いたIRFPAの代替技術として期待されている1)。
T2SL技術は,2005年にAIMとFraunhoferが高い性能のMWIR(Mid Wavelength Infrared) FPAを発表して注目を集めるようになった2)。米国では,Northwestern大学などの先行開発に続きFastFPAと呼ばれる研究開発プログラムが2009年から2012年の間実施されている3)。FastFPAではMDA(Missile Defense Agency)が毎年$5Mの資金を拠出し,T2SLの実用性が実証された。FastFPAは,本格的な実用化開発となるプロジェクトであるVISTA(Vital Infrared Sensor Technology Acceleration)4)につながっている。VISTAプロジェクトは,IRFPA開発プロジェクトの中でも,特に成功した事例の一つと評価されている。
VISTAは,HgCdTeとInSbに依存していた米国の赤外線産業構造を変革し,Ⅲ-Ⅴ族Sb系T2SLを実用化することを目的とした5年間のプロジェクトで,2011年にスタートしている。このプロジェクトは米国OSD(Office of the Secretary of Defense)が資金を拠出し,陸軍のNVESD(Night Vision and Electronic Sensors Directorate)が主導,陸海空三軍が共同運営した。総予算は$100M以上と言われる。
VISTAにはHRL,Raytheon Vision Systems,Lockheed Martin,Teledyne,BAE Systems,FLIR Systems,DRS Technologiesという米国を代表するIRFPAメーカが参画し,画素ピッチが25 µmから5 µmで,画素数が1k×1kから4k×4kまでのHOT MWIR FPA,画素ピッチが20 µmから5 µmで,画素数が640×480 から2k×2kまでのLWIR FPA,画素ピッチが20 µmと12 µmで,画素数が640×480と720×1280のMW/LWデュアルバンドFPAが開発され,MWでの量子効率65%以上,LWでの量子効率30%,オペラビリティー99%以上という性能が得られている。このプロジェクトの中で,各社がRaytheon Vision Systemsが提供する共通ROICを用いたIRFPAを試作し,検出器作製プロセスを比較するという取り組みも行われた。
VISTAプロジェクトでは,GaSb基板とT2SLのエピタキシャル成長技術の向上も重要な目標となっていて,検出器材料の部分でも大きな成果を挙げたことがプロジェクト全体の成功にもつながっている。GaSb 基板製造メーカとしてはGalaxy とIntelliEPI が,GaSb 基板上へのT2SLのエピタキシャル成長に関してはIQEとIntelliEPIがプロジェクトメンバーとなっている。HgCdTe では,結晶材料の技術もIRFPAメーカが個々に保有する垂直統合ビジネスモデルがとられていたが,T2SLはIRFPAメーカが結晶材料を外部から調達する水平分業を採用することで,製造コストの低減を図っている。
VISTAでは,JPL(Jet Propulsion Laboratory),NRL(Naval Research Laboratory),SNL(Sandia National Laboratories),MIT Lincoln Laboratoryが中立研究機関として技術的支援を行なった。特に,JPLは保有していたT2SL検出器技術を参画企業に提供し,メンバーの技術レベルアップに重要な役割を果たしたと言われている。また,MIT LincolnLaboratoryは画素毎にAD変換機能を持ったデジタルROIC
を開発した。
VISTAプロジェクトは,T2SL FPA技術に関わる材料技術からデバイス設計,プロセス技術,ROIC(Readout IC)技術を含む領域で大きな成果をあげ,T2SL FPA技術は実用レベルに引き上げられた。この成果は,T2SLのF-35のセンシングシステムの一つのIRFPAとしての採用に結びついた5)。このセンシングシステムには従来InSb IRFPAが使用されていたが,次世代センサの選定では,InSbと同等の性能を有し,より高温で動作するnBn構造のT2SLIR FPAが採用され,HgCdTeとInSb代替技術の初めての防衛装備品採用となった。また,商用分野では,Teledyne FLIR(VISTA期間はFLIR Systems)がT2SL IRFPAを搭載したガスイメージング赤外線カメラを市場投入しており,VISTAの成果の実用化例となっている6)。
EUでも衛星搭載T2SL IRFPAを開発するSTEP(Silicon and T2SL EuroPean collaboration)7)プロジェクトが進行中である。STEPは,2023年から4年間,総予算€ 3.06Mの比較的小規模な研究プロジェクトで,メンバーはIRnova,Airbus Defense and Space,Fraunhofer IAF,ISAE-SUPAEROである。最終的には,カットオフ波長が2.5 µmの画素ピッチ15 µm,画素数640×480,2040×512画素のeSWIR(extended SWIR) FPAの開発を目指しており,2025 年時点で順調に進展していることが報告されている8)。
3.非冷却プロジェクト
非冷却IRFPAはSi ROIC上に熱型MEMS赤外線検出器を作製したデバイスで,冷却を必要としない一方で,素子を真空パッケージングする必要があり,従来のLSI やMEMSデバイスとは異なった製造技術が必要となる。
非冷却IRFPAの開発も防衛技術として開発が進められ,1980年代はほとんど非公開であった。1992年に機密扱いになっていた技術の一部が公開され9),非冷却IRFPAの商用転用への道が開かれた。公開された時点で,実用的な性能を持った非冷却IRFPAが実現できることは示されていたが,量産技術を確立し,ビジネスとして成立させるにはさらなる開発が必要であった。米国では,1995年頃から軍事技術を民生用途へ転換するための大型政策プログラムであるTRP(Technology Reinvestment Project)によって非冷却IRFPAの実用化開発が進められた10)。非冷却IRFPAに関しては,ULTRA(Uncooled Technologies Reinvestment Alliance)など複数のTRPがあり,2000年代に入って急速に成長する非冷却赤外線イメージングビジネスの基盤確立に寄与した。
非冷却IRFPAの進歩は画素ピッチ縮小の進展で評価することができるが,米国では画素ピッチが17 µmから12µmに縮小される際に再びDARPAが出資する公的プロジェクトが重要な役割を果たした。そのプロジェクトはLCTI-M(Low Cost Thermal Imager – Manufacturing)11)と呼ばれる。LCTI-Mに参画した非冷却IRFPAメーカは,Raytheon Vision Systems,BAE Systems,DRS Technologiesの3 社で,総額$37Mが投じられた。
LCTI-Mの目標は,12 µmまでの画素ピッチの縮小に加え,ウエハレベル真空パッケージング技術などの採用によるコスト低減も含まれていて,$500以下のVGA非冷却カメラコアの実現も目標となっていた。LCTI-Mのプロジェクト期間は2011年から2014年であるが,2015年には,画素ピッチ,画素数でLCTI-Mの目標を超える性能の非冷却IRFPAがLCTI-M参画企業から発表され12, 13),このプロジェクトが非冷却分野における米国の優位性を決定づけたことが示された。
EUにおいても,公的プロジェクトが非冷却IRFPAの開発に寄与している。製品群に非冷却IRFPAを持つEU圏内の代表的な企業の一つであるLynred が,2019 年から始まった研究期間36 ヶ月のHELIAUS(tHErmaL vIsion AUgmented awarenesS)プロジェクトで画素ピッチ8.5 µmの非冷却IRFPA技術を開発した14)。このプロジェクトは車載赤外線カメラモジュールを開発するプロジェクトで,背景には米国のFMVSS 127規制1)があるものと思われる。Lynredは,このプロジェクトの中で米国勢に先行して画素ピッチ縮小を進め存在感を示した。
4.おわりに
欧米におけるT2SL IRFPAと非冷却IRFPAの開発の中で主要な公的プロジェクトの内容とそれらが果たした役割を概観した。IRFPAはシステムの性能を決める重要な半導体デバイスであるが,商用ビジネスだけを対象として新しい技術を開発することは難しい。本稿で見てきたように,欧米では公的支援を活用したプロジェクトが有効に機能しており,IRFPA技術の発展に寄与している。こうした取り組みは日本にとっても参考になると考える。
参考文献
1) 木股, OPTRONICS, Vol 12, No. 7, pp. 80-82, 2025.
2) R. Rehm, et al., Proc. SPIE Vol. 5783, pp. 123-130, 2005.
3) Infrared Imaging News (Maxtech International), May Issue, 2009.
4) M. Z. Tidrow and D. R. Reago Jr., Proc. SPIE Vol. 10177, presentation
only, 2017.
5) Infrared Imaging News (Maxtech International), March Issue, 2024.
6) Infrared Imaging News (Maxtech International), May Issue, 2009.
7) https://www.step-project.eu(2026 年4 月5 日)
8) L. Höglund et al., Proc. SPIE Vol. 13469, pp. 134690I-1-8, 2025.
9) R. A. Wood, C. J. Han, and P. W. Kruse, Technical Digest of IEEE
Solid-State Sensor and Actuator Workshop. pp. 132-135, 1992.
10) Infrared Imaging News (Maxtech International), April Issue, 1996.
11) Infrared Imaging News (Maxtech International), July Issue, 2011.
12) A. Kennedy, et al., Proc. SPIE Vol. 9451, pp. 94511B-1-7, 2015.
13) L. Sengupta, et al., Proc. SPIE Vol. 9451, pp. 94511C-1-10, 2015.
14) C. Sébastien, et al., Proc. SPIE, Vol. 12534, pp. 125341A-1-10, 2023.
木股雅章
略歴
1976年 名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了。同年 三菱電機入社。2004年 三菱電機退社。同年 立命館大学理工学部教授。2022年 立命館大学退職。1980年より現在まで赤外線イメージセンサの研究開発に従事。2009年よりJAXAのType-II 超格子赤外線センサの開発に参画。工学博士,SPIE フェロー。2013~2014年 日本赤外線学会会長。1988年 市村賞貢献賞,1993年 全国発明表彰内閣総理大臣発明賞,2016年 日本赤外線学会業績賞などを受賞。




