月刊OPTRONICS 特集序文公開

ビジョンテクノロジー最前線 新時代の情報提示

空中ディスプレイの概要と最近の動向 著者:宇都宮大学 山本裕紹

1.はじめに

新型コロナウイルスの流行を契機として,公共端末や医療施設でのタッチレス操作技術の需要は急速に高まった1)。また,オンライン会議・リモート授業・デジタル受付など,人々の活動は一挙にデジタル化し,情報提示のあり方にも大きな変化が生じている。ポストコロナ時代には,衛生性や利便性の枠を超え,空間そのものを“メディア”として活用する方向へと空中映像や3D表示技術の価値軸が広がりつつある。実際に舞台演出における空中プロンプター,観客体験を拡張する空中映像,展示会やロボットにおける直感的な空間インターフェースなど,創造的応用が実社会に浸透しつつある。

この背景には,情報通信技術の高度化により,メディアそのものが「平面表示→空間表現→サイバー空間と現実空間の融合」へと進化している流れがある。インターネットやSNSの普及が情報伝達の構造を変えてきたように,最近ではメタバースが注目を集め,サイバー空間での協働が広がった。一方で,仮想空間への完全没入には専門人材の不足・コンテンツ粘着性・ビジネスモデルなどの課題があり,サイバー空間と現実空間を適切に融合する方向が次のメディア技術の進化として求められている。

ここで重要となるのが,実空間において人間が長い進化の過程で獲得してきた因果関係の理解,視線・身体動作・ノンバーバルな手がかりと整合したメディア設計である。空中ディスプレイや裸眼立体ディスプレイは,ユーザーの身体性を損なうことなく,サイバー情報を実空間に自然に重畳できる“空間メディア技術”として大きな可能性を備えている。

空中ディスプレイが示す「空中に操作画面が現れる」という半歩先の直感性は,SF映画的ではあるものの,ユーザーが慣れ親しんだ物理的インターフェースを視覚的に拡張する技術でもある。そのため,エレベーターやATMの非接触操作だけでなく,舞台芸術,ロボティクス,デジタルサイネージ,さらには自動運転モビリティや医療XRといった分野へ応用が広がっている。

さらに,空中ディスプレイや裸眼立体表示は,サイバー空間のアバター技術やデジタルツインとも親和性が高い。ユーザーが装着デバイスなしで“空中の人物”や“空中の物体”を視認できることは,サイバー空間と現実空間を高度に融合する上で極めて重要である。こうした空間メディア技術を社会に普及させるためには,研究開発と並行した国際標準化が不可欠であり,電子ディスプレイの国際標準を定める国際電気標準会議の技術委員会(IEC/TC110)では空中ディスプレイの基本特性測定法や性能評価法が整備されつつある。

以上のように,ポストコロナの社会的変化と空間メディア技術の進展が相まって,空中ディスプレイや裸眼立体ディスプレイは「非接触技術」から「空間を演出し,空間を媒介に人と情報を接続する技術」へと役割を広げつつある。本特集『ビジョンテクノロジー最前線 新時代の情報提示』では,こうした新しいメディア環境を支える多様な技術を取り上げ,その可能性と展開を概観する。

本稿では,空中ディスプレイ技術の概要を述べ,市場の拡大への期待や,国際規格の開発や大阪・関西万博における空中インターフェースを用いたロボット技術の展示など,最近の社会実装の動向を解説する。

2.空中ディスプレイ技術の構成

空中ディスプレイは,物理スクリーンを用いずに映像を空間中に提示する技術の総称である。IECでは,狭義の空中ディスプレイを「インコヒーレント光をパッシブ光学素子により空中に集束して実像を形成する方式」と定義している2)。実像は光を一点に集束させることで形成されるため,空間中で“そこに存在するように見える”特性をもつ。

空中表示の実現方式には,再帰反射方式,スリットミラーアレイ方式,コーナーリフレクター方式,レンズアレイ方式,凹面ミラー方式,フレネルレンズ方式などがある3)。いずれも光学素子を用いて実像を形成する点は共通しているが,画質,視野角,光学系のサイズ,解像度,外光耐性,スケーラビリティなどの特性は大きく異なる。そのため,用途に応じて最適な方式が選択される。

再帰反射方式(AIRR)4)は,表示パネルから発した光を再帰反射素子とビームスプリッターによって逆伝搬させることで空中像を形成する。工業的に成熟した再帰反射シートを利用できるため製造が容易であり,大画面化や広視野角化も比較的実現しやすい。スリットミラーやコーナーリフレクター,レンズアレイ方式も軽量性やデザイン自由度の点でも応用が進んでおり,それぞれが特定用途に最適化されながら発展している。

3.裸眼立体映像と空中映像の技術的関係と市場動向

空中ディスプレイと裸眼立体映像は異なる光学原理に基づく技術であるが,いずれも“空間における視覚体験を拡張する”点で共通しており,空間メディア技術の重要な構成要素である。矢野経済研究所の調査によれば,立体映像市場は2035年から2045年にかけて大きく成長し,2045年には5兆円を超える規模へと拡大する見込みである5)。この成長を支える技術群には,レンチキュラー方式,インテグラル方式,電子ホログラフィー方式,そして空中ディスプレイ方式が含まれる。

裸眼立体映像は視差を利用して奥行きを提示し,高臨場感と多視点性に優れる。一方,空中ディスプレイは光を空間に集束させることで“存在感のある像”を形成し,表示面の存在しないインタラクションを可能にする。両者を組み合わせることで,空中に奥行きをもった立体像(Aerial 3D)を形成することが可能であり,近年ではレンズ補強AIRR(LeAIRR)による高精細空中3D像6)や光学シースルー空中像など,空中立体表示に向けた技術が進展している。

空中ディスプレイは,専用表示デバイスを必要とせず,従来の2D映像をそのまま空間に提示できるという利点から,立体映像技術の中で最も早期に社会実装が進んだ。ATM,エレベーター,医療受付などの公共分野で採用が広がり,エンターテインメント分野への応用も急増している。今後,駅・空港・高速道路といった大規模公共空間での採用も期待されている。

4.社会実装と国際標準化の動向

非接触操作の分野では,ATM・エレベーター・医療受付などで空中映像によるタッチレスUIが導入され,衛生性と直感性を両立するソリューションとして評価が高い。すでに国内で1千台を超える空中インターフェースが稼働している。特にAIRRを用いた方式は外部光の影響が少なく,また視野を広げることも狭く限定することもできるため,特に公共向けの端末で有利である。

エンターテインメント分野では,空中映像は単なるUIを超えて,空間演出の道具として用いられ始めている。空中映像を用いた能「VR能 攻殻機動隊」の公演7),高齢者の舞台演劇体験のための空中プロンプター8)など,舞台上の演技とデジタル映像の融合が実現されている。

さらに,世界的イベントにおいても空中ディスプレイは注目されている。大規模展示会や国際博覧会では,ロボティクスと組み合わせたタッチレス空中インターフェースや,屋外で視認可能な空中サインとして展示と実演がなされた9)。図1は2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)におけるRobot &Mobilityステーションに展示されたロボットが,万博会場内での自動走行を行っている様子である。ロボットには錯視を誘起する空中ディスプレイおよびタッチレス空中操作パネルが搭載された。このタッチレス操作を体験した来場者からは「未来を感じた」という感想をいただくなど,好評であった。

今後も「空間そのものを情報表示面とする方向性」が加速すると考えられる。

図1 大阪・関西万博における空中ディスプレイ搭載ロボットの実証

空中ディスプレイの普及を持続的に支えるためには,性能評価の明確化が不可欠である。これに対してIEC/TC110では,空中ディスプレイの基本的性質を定めた技術報告書(TR 62629-51-1)2),ならびに光学特性の測定法に関する文書(IS 62629-52-1)10)が整備され,さらに再帰反射素子の性能評価法や空中映像の解像度の測定方法といった具体的な国際標準化が進行している。

標準化活動は,メーカー間の性能比較を可能にするだけでなく,公共調達や国際市場への展開を後押しする基盤となる。また,空中映像の空間的位置精度や応答性,ユーザインタフェースとしての使い勝手の評価法も議論が進んでおり,空中ディスプレイが産業用途だけでなく社会インフラとして普及するための環境が整いつつある。

空中ディスプレイは,非接触操作,空間演出,HMDレスXRといった複数の応用分野にまたがる技術であり,その社会的価値は今後さらに高まっていくと考えられる。国際標準化によって技術基盤が強化されることで,空中映像は単なる“未来的表示”ではなく,現実空間とデジタル空間をつなぐ空間メディアの中核技術として,幅広い産業に浸透していくことが期待される。

5.おわりに

本稿では,空中ディスプレイと裸眼立体映像を中心とした空間メディア技術の基盤,社会実装,そして標準化の動向について概観した。空中ディスプレイは非接触UIから空間演出,高臨場感情報提示へと応用範囲を広げ,裸眼立体映像とともに“空間を媒体として人と情報をつなぐ技術”としてますます重要性を増している。2035年から2045年にかけて予測される立体映像市場の成長を支えるうえでも,空間メディア技術は不可欠な要素であり,今後も光学,センサー,AI,XRなど周辺分野との融合を通じて発展していくと考えられる。空間そのものが情報を内包し,人と環境がより自然に相互作用する未来に向けて,空中・立体映像技術は今後も中心的な役割を担っていくであろう。

参考文献

1) 山本裕紹(監修):操作・検査のタッチレス化/非接触化のための設計ポイントと最新動向(情報機構,2020).
2) International Electrotechnical Commission, “3D display devices — Part 51-1: Generic introduction of aerial display,” IEC TR 62629-51-1 (2020).
3) 山本裕紹(監修):空中ディスプレイの開発と応用展開(シーエムシー出版,2018).
4) H. Yamamoto, et al., Opt. Express 22 (2014) 26919.
5) 矢野経済研究所:“立体映像技術の動向”,Yano E plus, No. 185, pp. 40-68 (2023).
6) K. Takiyama, et al., J. SID 33 (2025) 472.
7) TBS event チャンネル,「攻殻機動隊」の世界を再現!日本の伝統芸能「能」とコラボ!, (https://youtu.be/h2FVFQJYRh0?feature=shared)
8) 谷田純,中山文,応用老年学 18 (2024) 117.
9) RIETI BBLセミナー,空中タッチ,世界標準へ,https://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/25073101.html
10) International Electrotechnical Commission, “3D display devices — Part 52-1: Fundamental measurement methods of aerial display — Optical,” IEC IS 62629-52-1 (2024).



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