─銅材料の特性を十分に理解する必要があるということでしょうか
溶接分野では,比較的適用が多い鉄鋼材料やステンレス鋼に比べて,銅材料は熱がスーッと早く逃げていきやすいので,熱伝導率がかなり大きいという特性があります。ですから,たくさんのエネルギーを投入すると溶接部周囲への熱影響がかなり大きくなっていきます。
銅材料のプレートにIR(赤外)レーザーを用いて溶接すると,メルトプール(溶融池)が安定せずに突沸してしまいます。溶接の機能を発現するには,ある程度の溶け込み深さが必要なので大きなエネルギーが必要になりますが,反射と吸収の閾値が近いために変化が大きくなり,スパッタ発生を助長してしまう。このスパッタの発生が課題になっています。
スパッタは加工した製品の品質に影響するので,このスパッタをどのように抑制し,克服するかが重要なポイントです。レーザーは制御性が良いので,条件や走査で制御したり,光学レンズを用いて多点化したり色々な手法を考えることができますが,いずれもスパッタレスは達成できていません。我々は完全な“レス”に向かっているので,従来とは異なるアプローチが必要だというポリシーを持って開発を進めています。
─スパッタを完全に抑え込むために何が必要となるのでしょうか
材料が溶けていない状態(固相)から材料が溶けている状態(液相)に変わる時間や温度の変化を小さくするために吸収率を上げることが大事になります。まず,ハーゲン・ルーベンスの式で表せるように波長が短いと吸収率が高くなるということ。また,その光の吸収と物質の相互作用を考えたときに,光の吸収によって電子の軌道が移動してしまうので,それに応じた適正なプロセスが必要になります。さらに,銅は鉄に比べて密度が高いので,たくさんのエネルギーを入れないと電子が振動してくれません。すなわち,熱が発生しにくいので,この物理現象を改善することで実現できるのではないかと考えています。
もう一つ大事なことは,固相,液相,気相という相変化時の吸収率の差を低減するには何が必要かということを考えなくてはいけません。加熱して光子が電子に当たって振動するわけですが,電子振動は小さいものですから,光子が切れる前に振動が熱に変換されます。これを上手く使うと加工点に熱が出ます。この電子が振動して熱に変換される前に金属の結合を切ってしまうというのがレーザー加工で言うフェムト秒,ピコ秒の領域で,非熱加工と呼ばれるものになります。
溶接は非熱加工を利用したものではなくて,金属結合が切れない領域で熱を発生できるから金属が溶けるということになります。加熱によって電子が振動すると,電子が励起しやすくなるので,吸収率のアップにつながります。我々はこれまでIRレーザーを用いて検討していましたが,固相から液相に変化する閾値の差が近くなるので,短波長帯の方がより安定するのではないかと考えていました。
しかしながら,それまで産業用途で使用できるような短波長領域で安定したレーザーが存在しませんでした。そのような中で,先行しているドイツのレーザラインや日本の日亜化学工業や古河電気工業,島津製作所などが青色レーザーを開発されていましたので,我々はこういった最新の開発状況をいち早くキャッチアップし,銅材料のレーザー溶接に適用しました。
実際に具体的なアプリケーションとして,実製品を想定した銅のより線や平角銅線といった加工において完全にスパッタが出ない安定した接合状態の『スパッタレス化』が実現できています。例えば,角線と丸線とでは熱容量が異なりますが,丸線の場合,片側から溶かして表面張力で熱アシストしてあげると,最終的には両方が溶けてきれいな球状になり,安定した接合が可能になります。
青色レーザーという短波長レーザーを使用することによって,必要な部分に必要なエネルギーを投入してあげることができるようになったわけです。これがIRレーザーですと余分に入熱することになるため,例えば,その熱が伝達し近接するプラスチックの部分を溶かしたり,反射光によって他の部位に悪影響を及ぼすリスクがあります。