-現在注力している技術分野について教えてください
まず,ポストムーアに向けた光電融合技術や量子技術のような新たな情報処理技術・通信技術,それから高速大容量通信技術,無線技術の研究開発があります。あとはサステナブル技術として,半導体の光触媒性を活用した人工光合成,それからパワー半導体,シリコンカーバイドや窒化ガリウムの次のパワー半導体材料として期待されている窒化アルミニウムにも力を入れています。
また我々は通信会社です。通信会社としてコミュニケーションの本質を理解するため人間情報科学の研究もしっかり行なっています。コミュニケーションの理解は,人間をよりよく理解するということです。人間科学の分野にスポーツ脳科学があり,単にスポーツの技能を高めるだけではなく,そこに人間の脳の働きや心理がどう関係しているのか,という研究もしています。人間科学や情報科学では錯視の研究もあります。私たちは物を見た時に形と色と動きを分離して頭の中で理解しています。そうしたメカニズムの理解を深め,動きだけを白黒で表すことで静止画が動いているように見える,変幻灯という技術を開発しています。
心まで伝わるコミュニケーションの研究は,コミュニケーション科学基礎研究所が目指している領域であり,その中にコンセプトビームという技術があります。例えば風車の写真があったとき,事前に風車の羽根を示すコンセプトを入れて紐付けることで,その部分だけを自動的に抽出できます。何人かで雑談をしている時にこっちでブロッコリーの話,あっちで自動車の話をする声が混ざっていると雑音にしか聞こえませんが,ブロッコリーの話題だけを聞きたいとリクエストしたとき,この雑音の音声のなかからブロッコリーの話題だけを抽出してくれる技術です。
それからバイオ技術では,人間の臓器を模したものを実験台上に再現し,生物の臓器を使う前にどんな動きをするのかを評価するような研究もしています。そのひとつが生体適合性の高いハイドロゲルを用いた人工臓器モデル創製の研究です。オプトロニクスに関連しては,我々が「ナチュラルフォトニクス」と呼んでいる,自然に生活に溶け込むデバイスの研究を行なっています。その一つが光メタサーフェスで,見えないものを見える化する技術です。先端技術総合研究所は様々な研究に取り組んでいますが,私たちが取り組んでいる研究は,フォトニクスやエレクトロニクス,物理科学,情報・メディア科学,人間科学などをしっかりと基盤技術として磨き,これらを組み合わせていろいろな形に結びつけていくことを大切にしています。
-IOWNの進捗はどうでしょうか
IOWN構想は2019年5月にNTTが発表した構想ですが,「2030年に実現する姿」として,光を中心とした革新的技術を活用し,多様性を受容できる豊かな社会を目指しています。IOWNは,オールフォトニックスネットワーク,デジタルツインコンピューティング,それからコグニティブファウンデーションと三つの大きな要素があり,非常に大きな仕組みになっています。端末間を光で結んだ低遅延性,あるいはデジタルツインコンピューティングによって,リアルとバーチャルを繋いで効率化したり,生活を豊かにしたりしていくことを目指しています。
IOWN構想では,IOWN 1.0~IOWN 4.0というように,技術の進展とともに実現できるサービスや技術を発表しています。IOWNは3つのKPIを目標に掲げています。それらは,電力効率を100倍,伝送容量を125倍,遅延を200分の1にするというものです。
このうち超低遅延性については,2023年の3月に実際にNTT東西でサービスが始まっています。例えば東京と大阪にいる人が3mくらいの距離で話しているような感覚でコミュニケーションができますし,コンサートなども同様に鑑賞できます。複数の拠点で遅延がバラバラだとeスポーツなどでは有利不利があるので,単に遅延を抑えるだけではなく,皆同じ遅延量の環境を作る技術も提供しています。残りのKPIは今後,光電融合技術,あるいはデジタルツインコンピューティングなどを組み合わせた新たなサービスを提供したいと考えています。