産業技術総合研究所(産総研)は,イッテルビウム原子の波長431nmの時計遷移の直接励起を観測し,その周波数の絶対値を初めて測定した(ニュースリリース)。
現在の国際単位系(SI)における時間の単位「秒」は,セシウム原子時計によっている。一方,日本発の光格子時計,とりわけイッテルビウム原子を用いたイッテルビウム光格子時計はセシウム原子時計よりも2桁高い精度をもち,秒の再定義候補として有力視されている。
このイッテルビウム光格子時計で用いられる波長578nmの時計遷移は,環境外乱の影響を受けにくく,安定度の高い周波数の基準の実現に適している。しかし近年になって,温度などの環境のわずかな変化が遷移周波数の測定値に影響することがわかってきた。
これは長期運用にあたって大きな課題となる。その解決法の一つとして,環境の変化に対して感度の高い別の遷移周波数を精密に測定することで,環境外乱の影響を補正できる。
イッテルビウムは自然界に7種類の安定同位体がある。産総研が開発したイッテルビウム光格子時計は,イッテルビウム171原子(171Yb)の波長578nmの時計遷移を精密分光することで実現しており,周波数の標準器(NMIJ-Yb1)として用いられている。
同じイッテルビウム171原子の431nmの時計遷移を励起するために,独自開発した周波数安定化システムにより周波数を安定化し,線幅を1Hz程度まで狭窄化した波長431nmのレーザーを新たに開発した。このレーザーと時間周波数国家標準であるUTC(NMIJ)と光コムを用いて,その周波数の絶対値を測定できるシステムを構築した。
時計遷移の探索では,30µKの極低温までレーザー冷却・捕獲したイッテルビウム171原子に,この励起用安定化レーザーを照射し,励起された原子を検出するようにした。この励起された原子数に相当するシグナルの変化を観察しながら励起用レーザーの周波数を変化させることで,波長431nmにある時計遷移の絶対周波数の測定に成功。
波長431nmの時計遷移の絶対周波数を,(695 171 054 858± 8)kHz(相対不確かさ1×10-11)と決定した。この周波数測定の不確かさは,40年以上前に行なわれた間接的な測定での不確かさと比べると1/10000と大幅に低減できた。
これによって,世界中のだれもが,波長431nmの時計遷移を用いた分光が可能となる。そして,相対不確かさで10-16台(現在の国際原子時の不確かさ)や,それ以下といった,より精密な分光への道を切り開く。研究グループは,光格子時計の高精度化だけでなく,さまざまな基礎物理研究への応用が期待される成果だとしている。