東京大学の研究グループは,可視光で高解像形態画像を計測する定量位相顕微鏡技術と,赤外光で分子振動を計測する分子振動分光技術を融合した新しいラベルフリー顕微鏡(赤外フォトサーマル定量位相顕微鏡)の開発に成功した(ニュースリリース)。
これまでの生きたままの状態で観察できる顕微鏡(ラベルフリー顕微鏡)には,細胞の形態を詳細に測る定量位相顕微鏡と,生体分子の分布を測る分子振動顕微鏡の2種類がある。しかし,それらの顕微鏡では“細胞の形態”もしくは“分子の分布”のいずれか一方の計測しかできなかった。
今回開発した手法では,生体分子が赤外光を吸収して振動することにより発生する温度上昇(フォトサーマル効果)に伴う屈折率の変化を定量位相顕微鏡により検出する。これにより,細胞の詳細な形態情報となる定量位相画像を取得しつつ,特定の生体分子に由来する分子振動の分布も同時に取得することを実現した。
従来の赤外吸収顕微鏡では試料を透過した赤外光を結像することで像情報を検出していたため,空間解像度が赤外光の回折限界(数~数十μm程度)で制限されてしまうという問題点があったが,この手法では局所的な赤外吸収の現象を可視光に基づく結像で検出するため,より高い空間解像度(この研究では440nm以下)を達成することができる。
また,ラマン散乱よりも効率の良い赤外吸収の現象を用いることで,高強度超短パルスレーザーを使わずに高い感度を得られるため,細胞に対する光毒性を大幅に低減できる。
さらに,定量位相顕微鏡に「開口合成」と呼ばれる撮影原理を取り入れることで,従来の分子振動顕微鏡を超えた深さ方向と横方向の超解像(この研究では,それぞれ,2.3μmと190nm)を達成し,分子振動顕微鏡としての新たな可能性を開拓することも期待できるとする。
例えば,従来の赤外吸収顕微鏡で細胞などを観察する場合には,照射した赤外光のほとんどが水に吸収されてしまうために透過する光の検出が難しい,また,検出した光には水の吸収による不必要な背景信号が含まれてしまう,という問題点がある。
開発した技術では,フォトサーマル効果による屈折率変化を可視光で検出することにより1つ目の問題を,また,開口合成による深さ分解能を利用することにより2つ目の問題を解決した。
また,より高い解像力を持つ対物レンズを用いることで,従来の分子振動顕微鏡では達成できなかったような空間解像度(例えば,横方向100nm,深さ方向200nm程度)を実現することも原理上可能であり,細菌などの微小な生体試料の内部構造を観察することにも役立つとしている。