月刊OPTRONICS 特集序文公開

マルチギガ時代の車載ネットワーク 光がクルマを変える

SDV時代に向けて期待が膨らむ車載「光!」ネットワーク 著者:名古屋工業大学 各務 学

1.はじめに

自動車産業は今,「Software-Defined Vehicle(SDV)」という概念を中心に,産業構造そのものを根底から覆す激動の渦中にある。かつて自動車の価値は,エンジン性能や乗り心地といったハードウェアの完成度によって規定されてきたが,現在では,高度な自動運転(AD)や高度運転支援システム(ADAS)の普及に伴い,車両機能の価値をソフトウェアによって継続的に強化・配信する新たなパラダイムへと移行した。自動車は今や「移動するエッジ・データセンタ」へと再定義されつつある。車外・車内の数十台規模のカメラ,LiDAR,ミリ波レーダ,ディスプレイ,そしてクラウド連携が生む膨大なデータをリアルタイムに処理するため,HPC(高性能コンピューティング)とマルチギガビット級の車載ネットワークはもはや前提条件となっている。SDVはその中核コンセプトであり,車両価値をソフトウェアで継続的に強化・配信するという発想が,OS,SoC,通信,クラウド,データプラットフォームを横断する技術・産業構造の転換を促している。

2.世界の動向 IAA Mobility Show 2025から

ミュンヘンで2025年9月に開催されたIAA Mobility Showでは,750社近い出展者(37か国)と50万人超の来場者が集まり(著者もその一人),本ショーの特徴でもある200件を超えるBtoB型のコンファレンスを通じてSDVがモビリティの主役であることをより印象付けた。表1は著者の主観でのコンファレンスの分類である。

テーマ分類主な内容・トピックス講演数主な講演企業
1.電化と持続可能性次世代バッテリー,双方向充電(V2G),循環型経済(サーキュラーエコノミー),中国メーカーの欧州進出戦略,脱炭素サプライチェーン,半導体リスク約65Volkswagen,
Mercedes-Benz,
BYD, BMW, Valeo
2.自動運転と高度運転支援レベル4 自律走行シャトルの社会実装,AI による認知・判断モデル,センサーフュージョン(レーダー・カメラ),法的規制のグローバル標準化約50Bosch, Mobileye,
Qualcomm, ZF, Magna
3.ソフトウェア定義車両(SDV)&AI車載OS(MB.OS 等)の進化,生成AI による車内アシスタント,クラウド・トゥ・エッジの計算基盤,デジタルツインを活用した開発の加速約55AWS, NVIDIA, Arm,
Google Cloud,
Mercedes-Benz
4.都市モビリティとスマートインフララストワンマイル輸送,マイクロモビリティの統合,都市データの利活用,EV充電インフラの拡充,公共交通のデジタル化約30Hyundai, EIT Urban Mobility, MOIA,
Holon, Pix Moving
5.デザインとユーザー体験(UX)没入型インフォテインメント,サステナブル素材によるインテリア,ヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)の革新,拡張現実(AR)ナビ約20Audi, Porsche,
Dassault Systèmes,
Continental, Google
表1 IAA Mobility Show 2025におけるコンファレンスの分類(重複カウント含む)

これらの講演や討論は,主要テーマで分類したものの,実際にはすべてがSDVという共通基盤を前提として議論されていた点が極めて重要になる。すなわち,これらの技術は単独では成立せず,SDVアーキテクチャのもとで初めて高度化・商用化されると認識されている。

今回のショーで特筆すべきは,車載OS,車載SoC,通信,クラウド,データプラットフォームといった領域の企業が,自動車メーカー(OEM)と同等,あるいはそれ以上のプレゼンスを示した点である。Mercedes-BenzとGoogle,あるいはBMWとQualcommといった,伝統的なOEMと先進IT・半導体ベンダーとの戦略的パートナーシップによる将来展望も大きな注目を浴びた。これは,自動車が単なる移動手段から,膨大なデータをリアルタイムで処理する「移動するエッジ・データセンタ」へと再定義されたことを端的に示している。このSDVへの転換は,単なる制御理論の変更ではなく,物理層における革命的な変化も暗示しており,本誌読者である光学分野の技術者にも大きなインパクトがある。

3.SDV時代にマルチギガビット級の車載光通信はあるか?

自動運転OSのプラットフォーム化が進む中で,ユーザーの好みにカスタマイズされたナビゲーションや洗練された対話型AIアシスタントといったデジタルエコシステムの搭載は,ブランド競争力の源泉となっている。これらのUX(ユーザーエクスペリエンス)を支えるには,車載ソフトウェアのアップデートを可能とするOTA(Over-the-Air)の基盤が必要だが,ここで最も重要な課題となるのが「車両のライフタイム」という時間軸の設計である。自動車は一般的に15年程度の長期間にわたって使用される。SDVとしてその価値を維持し続けるためには,例えば15年後に登場するであろう未知のアプリケーションや,より高度化するAIアルゴリズムが快適に動作するだけの余裕を持った,圧倒的な高速通信プラットフォームをあらかじめ車両に組み込んでおかなければならない。

この「15年先を見据えた拡張性」という要求に対し,従来のメタル(銅線)ベースの通信技術は物理的な限界を迎えつつある。マルチギガビット級の通信をメタル線で行おうとすれば,電磁ノイズ(EMC)への対策として重厚なシールドの必要性と伝送損失の増大が伴い,これらは車両の重量増加と消費電力の増大,ひいては航続距離の短縮(特にEV車)という致命的な欠点につながる。ここで,光学技術の出番が訪れる。光ファイバ通信は,本質的に電磁ノイズの影響を受けず,軽量,低消費電力であり,かつ将来的にトランシーバの更新のみで帯域を飛躍的に拡張できる可能性を秘めている。すでに車載光ファイバ通信は「検討段階」を終え,「搭載間近」のフェーズに突入しており,世界中のステークホルダーによる技術開発と標準化活動がかつてないほど活発化している。

世界に目を向ければ,米国テスラ社が2017年頃からECUの集約とアーキテクチャの簡素化を狙った「ゾーン型アーキテクチャ」をいち早く実車投入し1),中国では広域な通信カバレッジと高密度な基地局を背景に,V2N(Vehicle-to-Network)連携の前提条件を整えている。スペインのKD社は多くの日本企業を含む多国間連携でマルチモード光ファイバを用いた車載マルチギガ光イーサネット規格(IEEE 802.3cz)2)を2023年までに策定し,2024年には中国の光ファイバメーカーYOFC社が東風汽車集団との協業で802.3czを搭載した走行距離12,000 kmの実車試験を行いシステムの信頼性を完全に確認したと発表3),さらに2025年にはドイツのZFはHPC「ProAI」へ802.3cz準拠のEthernetを組み込み,40 m・4インライン接続までの車両配線を想定した量産化の展望を公表4),ならびに米国Keysight社からは802.3cz準拠の評価ツールの販売5)が始まるなど,実装に向けた動きは加速度を増している。こうしたグローバルな競争の中で,日本が持つ光学技術の蓄積と,ワイヤーハーネス分野における圧倒的な世界シェア(約4割)という強みをいかにSDV時代の標準へと繋げていくかが,我々の大きな課題である。

4.まとめ

本特集では,このような背景を踏まえ,車載ネットワークの最新技術開発と標準化動向,特に次世代の主役となる車載イーサネットの光化に焦点を当てて構成した。まず,モバイルやデータセンタ分野で通信の光化やSDN(Software Defined Networking)への変革を経験してきたNTTイノベーティブデバイスに,自動車分野におけるSDNおよびSDVの進展を大胆に予測していただく。ITインフラの進化を知る視点からの提言は,今後の車両設計に新たなインスピレーションを与えるはずである。続いて,日本の標準化団体であるJASPAR(次世代高速LANグループ)より,IEEE 802.1および802.3の各ワーキンググループで策定が進んでいる,SDVに向けたデータリンク層および物理層の最新規格開発状況について詳細な解説をいただく。

さらに,車載環境という過酷な条件下での信頼性確保も重要な論点だ。名古屋工業大学には,広い温度範囲下におけるマルチモード光ファイバ通信の安定動作を保証するために,IEEE 802.3czで規定された新たな光波形評価方法の詳細を解説していただく。そして,車載光通信で40年近く実車搭載実績を誇る矢崎総業には,車載光部品の歩んできた歴史を振り返りつつ,新たなニーズとなったEV車のバッテリマネージメントを含む将来展望を語っていただく。

光学技術は今,カメラやLiDARといったセンシングデバイスの枠を超え,車両の神経系である通信インフラそのものを支える基幹技術になろうとしている。自動運転,コネクテッド,クラウド,AIといった個別のテーマは,光が支える堅牢で高速なSDVプラットフォームがあって初めて,真の商用化へとたどり着くことができる。光学分野の技術者にとって,本特集は「なぜ今,自動車なのか」「なぜ光なのか」を考える契機となるはずだ。SDVという大きな潮流の中で,車載高速通信は今まさに技術選択の分岐点にあり,その先には15年先の車両価値を左右するプラットフォーム競争が待っている。本特集を通じて,マルチギガ時代における光の必然性と可能性を感じ取っていただければ幸いである。

参考文献

1) S. Jagfeld, R. Weldle, T. Schlautmann, A. Fill, K. P. Birke“, Optimizing Electric Vehicle Power Nets: A Data-Driven Approach to Zonal LV Architecture,” EVS38 International Battery, Hybrid and Fuel Cell Electric Vehicle Symposium, Göteborg, Sweden, June 15-18, 2025.

2) IEEE Std 802.3cz-2023, “IEEE Standard for Ethernet Amendment 7: Physical Layer Specifications and Management Parameters for Multi-Gigabit Glass Optical Fiber Automotive Ethernet”

3) https://www.c-fol.net/news/1_202412/20241220153555.html

4) Press Release: 2025-Apr-03 “Fiber optics: ZF brings the speed of light to the electrical systems of software-defined vehicles,”

5) Press Release: 2025-Oct-14 “Keysight Introduces Optical Automotive Ethernet Transmitter Test Solution for nGBASE-AU Standard,” https://www.keysight.com/jp/ja/about/newsroom/news-releases/2025/1014_pr25-121-keysight-introduces-optical-automotive-ethernet-transmitter-test-solution-for-ngbase-au-standard.html



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