月刊OPTRONICS 特集序文公開

見えない世界を可視化する,NanoTerasuの挑戦

NanoTerasu が照らす未来産業 著者: 量子科学技術研究開発機構 高橋正光/東北大学・東京大学 合田圭介/東北大学 千葉大地

1.はじめに

3 GeV高輝度放射光施設NanoTerasu は,2024 年4 月より運用を開始した,最新の放射光施設である(図1)1)。「巨大な顕微鏡」とも称される。一般的な光学顕微鏡に比べてきわめて明るく,可視光よりもはるかに波長の短い光(X線)を使う。これにより,ナノスケールの空間分解能や,元素や化学状態の識別が可能になる。愛称「NanoTerasu(ナノテラス)」には,ナノの世界を「照らす」光であることに加え,日本神話の天照大御神への連想と,社会を明るく照らす願いが重ねられている。

図1 NanoTerasu 全景

施設は「官民地域パートナーシップ」の枠組みのもとで整備・運用されている。加速器及び3本の共用ビームライン(BL)の整備は量子科学技術研究開発機構(以降,QST)が担い,基本建屋,用地及び7本のコアリションBLは,一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とした,宮城県・仙台市・東北大学・東経連からなる民地域パートナーが整備した。

2023 年5月には,特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律(共用法)が一部改正され,NanoTerasu は広く産学の共用に供される特定大型研究施設に位置づけられた。翌年4月には高輝度光科学研究センター(JASRI)が登録施設利用促進機関に選定され,共用施設の利用促進業務の担当として,施設の運営に加わった。また,施設運営の計画,安全施設管理,情報セキュリティ・データマネジメント,広報といった施設としての一元的な対応が求められる事項については,共通事項を審議するNanoTerasu 運営会議,共通事項の調整や事務についてはNanoTerasu 総括事務局が担う。

2.立地と基本仕様

NanoTerasu は東北大学が産学共創拠点を目指して青葉山新キャンパス内に整備を進めるサイエンスパークエリアに位置し,最寄り駅がJR仙台駅から地下鉄で9分という,利便性の高い場所にある。この都市近接な立地は,線型加速器の全長110m,蓄積リングの周長349mというコンパクト設計の恩恵によるところが大きい。

蓄積リングを周回する電子の加速エネルギーは3 GeVで,EUVから軟X線,テンダーX線,硬X線にわたり,学術研究・産業利用にとって重要な光子エネルギー領域をカバーする。電子の水平エミッタンスは1.14 nm・radで,高いコヒーレント率の放射光を供給可能な高輝度光源となっている。

ユーザーの利便性の向上に向け,国内の放射光施設で初めて,実験ホールの非管理区域化を実現した点も特記すべき点である。これにより,一部のエリアでは,線量管理や定期健康診断が要求される放射線作業従事者となることなく利用でき,利便性の高い施設となっている。

3.加速器技術の特徴

NanoTerasu は電子を発生させ3 GeVまで加速する線形加速器(図2)と一定のエネルギーで電子を安定に周回させる蓄積リング(図3)の2つの加速器から構成される2)。線型加速器は,新開発の50 kV透明グリッド熱カソード電子源3)や,Cバンド加速管の採用により,海外の同種の施設に比べ3分の1近いコンパクトな設計で高品質の電子ビーム生成を可能にしている。

図2 NanoTerasuの線型加速器
図3 NanoTerasu の蓄積リング

蓄積リングには,日本初,世界でも4番目となるマルチベンドアクロマート(MBA)ラティスが実装されている。図3に示す蓄積リングは,4台の偏向電磁石・10台の四極電磁石・10台の六極電磁石から構成される単一セル16個によって全体が構成される。これら計384台の電磁石は,50 μm以下の精度で設置されている。各セルには,1.6mの短直線部(多極ウィグラー)と,5.4mの長直線部(アンジュレーター)が設置されている。多極ウィグラーはおおよそ2-30 keVの光子エネルギー分布を持つ光源で,SPring-8の偏向磁石光源に比べ,2-10 keV程度の領域で10倍程度の光子フラックス密度を実現する。アンジュレーター光源は,軟X線から硬X線領域の高輝度コヒーレント光を供給する。NanoTerasuでは,このようなBLを28本設置可能である。

4.調整運転から利用運転へ

線型加速器の調整運転は2023年4月17日から開始され,わずか10日で3 GeV加速を達成した。蓄積リングに初めて電子を入射した6月8日には,電子が300周以上周回したことが確認された。さらに6月16日には,高周波加速空洞を動作させて電子ビームの蓄積に成功し,モニター用の3極ウィグラーからの放射光発生が確認された。このように加速器の立ち上げは順調に進み,同年12月7日には実験ホールにアンジュレーター光を導くファーストビームを達成し,予定通り,2024年4月9日にはコアリションBLにおけるユーザー運転が開始された。一方,共用利用は,2025年3月から始まった。

ユーザー運転開始時の蓄積電流は160 mAであったが,2024年7月からは200 mAで運転が行われている。ビーム強度変動は,トップアップ運転により0.1%以下に抑えられている。2024年度は,ビーム供給時間約3500時間のうち,加速器トラブルによる中断は0.4%,平均トラブル間間隔は320時間以上であった。つまり,利用者は2週間以上にわたって不測のビーム中断の影響を受けないという,高い信頼性を実現している4)

ビームの質を損なわずに輝度をさらに向上する取り組みも進み,2025年度後半から段階的に蓄積電流値を上げ,2026年度までには400 mAでのユーザー運転を開始する予定となっている。

5.共用とコアリション

NanoTerasu のBLには,異なる2種類の利用制度がある。ひとつは,QSTによって整備され,共用法に基づきJASRIによって利用促進業務が行われる共用BLである。こちらは,課題申請をし,審査を通過することで誰でも利用することができる。もうひとつは,PhoSICによって整備・利用促進業務が行われるコアリションBLである。産業界や学術機関のコアリションメンバーが資金を拠出し,ビームタイムの優先利用権を得ることで,予約だけで,多角的な利用が可能となる。成果専有ができ,産業的競争領域における利用の促進が期待されている。2026年度からは,コアリションBLの利用時間の一部が共用利用される予定になっており,利用の選択肢がさらに増えることになる。

6.シーズを生む共用BL

NanoTerasuの共用BLは,軟X線を用い,世界最先端の性能を武器に物質の電子状態を調べる分光学的研究を推し進めることができる。

BL02Uの共鳴X線非弾性散乱(Resonant Inelastic X-Ray Spectroscopy, RIXS)は,軟X線を共鳴条件で物質に照射し,散乱前後のエネルギー変化を観測することで,磁気励起やフォノンなどを含む物質中の低エネルギー励起を観測する手法である。E/ΔE=58000の世界最高エネルギー分解能を達成している5)。BL06Uは,ナノ集光角度分解光電子分光(Angle-Resolved Photo-Electron Spectroscopy, ARPES)BLである6)。ナノサイズの微小ビームスポットを生かし,空間的に不均一な電子状態を持つ物質群や微小デバイスの動作解析等を実現とする。BL13Uは,光源に世界でも類のない分割型APPLE-II アンジュレーターを採用していることにより,自由度の高い偏光制御が実現でき,180 eVから3 keVに及ぶ広いエネルギー領域でのX線磁気円二色性(XMCD)等による磁気計測やイメージング計測が可能である7)。X線回折を目的とした4本目の共用BLの整備も始まっており,2027年共用開始予定である。

7.コアリションBLが拓くイノベーションエコシステム8)

コアリションBLは,産業界の積極利用が一つの特長である。運用初日から,永久磁石・精密研磨加工・ゴム製品・食品などの多岐にわたる企業と,アカデミアの専門家の合同チームが実験を始動した。磁気的性質の観察が可能な軟X線顕微鏡(BL14U),表面や界面の分析に威力を発揮する硬X線光電子分光(BL09U),ナノの世界を3次元的に観察可能なコヒーレントイメージング(BL10U),材料や食品の微細な構造を観測可能なX線回折(BL08W)など,多彩なBLを活用した取り組みが繰り広げられている。2025年度後半からは,タンパク質の構造解析も可能となり,創薬などへの活用も期待される。

このような産学の化学反応を促すコアリションという新しい試みにより,NanoTerasu を核としたイノベーションエコシステムの歯車が回りつつある。

8.本特集の紹介

本特集「NanoTerasuが照らす未来産業」では,QSTや東北大学の各先生方から,NanoTerasu の共用・コアリションBLについて,専門的な視点から,それらの性能や可能性,それらを用いて得られた最新の成果について紹介いただく。

参考文献

1) 高田昌樹,応用物理,93, 5-11 (2024).
2) S. Obara et al., Phys. Rev. Accel. Beams 28, 020701 (2025).
3) T. Asaka, N. Nishimori, T. Inagaki, Y. Otake and H. Tanaka, Jpn. J. Appl. Phys. 60, 017001 (2021).
4) N. Nishimori, T. Asaka, K. Ueshima, Y. Hosaka, S. Obara and K. Kan, J. Phys.: Conf. Ser. 3010, 012011 (2025).
5) K. Yamamoto et al., J. Phys.: Conf. Ser. 3010, 012115 (2025).
6) K. Horiba et al., Phys.: Conf. Ser. 2380, 012034 (2022).
7) Y. Ohtsubo et al., J. Phys.: Conf. Ser. 3010, 012079 (2025).
8) 高田昌樹,JAIMA Season, 177, 5-11 (2024).



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