─光・レーザー分野の現状をどのように見ていらっしゃいますか?
2023年のノーベル物理学賞は,アト秒パルス光の生成で3名の研究者が受賞しました。これまでのノーベル賞の歴史を振り返っても,光・レーザー技術に関する受賞が沢山あります。
例えば,光ピンセットであるとか,青色発光ダイオードなどが挙げられます。それよりも以前になりますが,半導体ヘテロ接合に対する受賞もありました。これも半導体レーザーの実現につながっています。このように光・レーザー技術は範囲が広く,常に最先端を開拓しています。この光・レーザー技術分野の特徴は,個人のアイデアや技術が活かせるところだと思います。そういったこともあり,ノーベル賞受賞者数が多いことにつながっているのではないかと思います。
光・レーザー分野では,新たなレーザー媒質の発見や発明によって,性能面や機能面で大きな飛躍の可能性があります。例えば,京都大学の野田進先生が取り組まれているフォトニック結晶レーザーもその一つです。また,先ほど述べたAIやネットワークとの融合によって新たなイノベーションが生まれる可能性も高いと思います。
2022年はレーザー核融合分野でも大きな飛躍がありました。米国のローレンス・リバモア国立研究所が世界で初めて,レーザーへの投入エネルギーを超えるエネルギーを取り出すことに成功したというものです。色々な分野でレーザー技術の発展が期待されています。
─光・レーザー分野における環境の変化についてお聞かせいただけますか?
産業や研究開発力において日本の国際競争力が大幅に低下していることを懸念しています。光・レーザー分野でもドイツやアメリカを中心とする欧米が2大勢力となっていますが,近年では中国の台頭が著しい。日本が高い技術力を持ちながら劣勢に立たされている原因として,研究者数や質の高い論文数の減少,学術界や産業界における新陳代謝の停滞にあるのではないかと言われています。これらの課題を打開するためには人材育成と人材流動化,開発資金の投入と拠点形成,産学官連携体制の構築,知財戦略,国際標準化,規制改革等の推進が必要と思います。
まず人材の育成と流動化に関してですが,私が台湾で聞いた話では,研究者の留学先はアメリカが7割,欧州が2割,日本が1割で,特に優秀な人はアメリカに行くとのことでした。一方で,最近,日本の若手研究者や任期付き研究者は海外に出ていきません。このままでは日本の国際競争力は低下するばかりです。日本の研究者はもっと謙虚になって,アジアの国々と同じように欧米に留学して学んでくるべきです。さらに,欧米を超えるためには,日本独自の戦略を立案しフロンティアを開拓することも必要です。これらを両輪として推進し融合することが必要と思います。
開発資金の確保では,グローバルで戦える分野に戦略的に投入するべきですし,産業に結びつける拠点をつくることも重要です。もちろん,産学官連携を強力に推進する必要があります。
現在,スタートアップに対する支援策が増えています。これは非常に良いことですが,事業化したときにインパクトのあるスタートアップに手厚い支援を行なうことが重要です。日本はベンチャーが育ちにくい環境にあると言われています。原因の一つに,新事業に対する目利き人材や経験豊富な指導者が不足していることです。この辺りの対応策も戦略的に講じていくべきでしょう。
レーザー分野でもいくつものベンチャー企業が設立されています。例えば,大阪大学発ベンチャーのEX-Fusionでは,レーザー核融合分野において日本が得意とする材料開発や高繰り返しの高出力半導体レーザー技術の開発を進めています。しかし,日本が先行していたとしても追いつかれる可能性があります。そのため知財戦略が非常に重要になってきます。