産総研ゼロエミッション 国際共同研究センター(GZR)と光技術
第三回「人工光合成研究チーム」

─もう一つの研究は何でしょうか?
光電極による水素と有用化成品の同時製造(提供:産総研)
光電極による水素と有用化成品の同時製造(提供:産総研)

2つ目は,塗布で簡易製造した光電極による水素と有用化成品の同時製造という研究です。光電極は光触媒を導電性基板に塗布した膜で酸素を発生します。水から水素を作る対極とワイヤーで繋がっていて,そこにちょっとだけ電圧をかけると,光合成反応を粉末の光触媒よりも効率よく進行させることができます。

これまで人工光合成では,水を水素と酸素に分解する研究ばかり行なわれていましたが,2015年に発表したコンセプトは,もうちょっといいもの,例えば海水から次亜塩素酸を作ったり,硫酸から過硫酸や過酸化水素を作ろうというものです。これらは有機汚染物質の浄化や選択的な有機合成などに使えますし,水素や酸素よりコスト的にも非常に優れています。対極から水素を作りつつ,こういうものができれば素晴らしいという概念で,それまであまり世の中になかった研究です。

整理すると,還元生成物である水素を化石資源から作った場合の30円/m3よりも安く作るにはもう少し時間が必要です。また,酸化生成物である酸素の市場価格は水素より低いので,ここで利益を上げるのはさらに大変です。そこで,高付加価値のものを作って利益を上げればトータルで経済性が成り立つ可能性があります。1電子あたり酸素よりも数100倍~数1000 倍,水素よりも数10倍価値があるような化成品を製造できれば経済性を確保できます。

例えば,海水から次亜塩素酸を作りながら対極で水素を作れば,次亜塩素酸は漂白,洗浄,最近だと抗菌,抗ウイルスの分野で役に立ちます。今までは工場で製造して消費地まで運んで薄めて使う集中型の製造形態でしたが,人工光合成ならオンサイトでかつ再エネをうまく取り込んで作れます。わざわざ薬品を持ち歩かずにその場で作る。将来的にはオンサイトの浄水設備や殺菌溶液の製造装置などから入っていけると考えています。

さらに我々は,特に過酸化水素について,水の代わりに炭酸水を使うと選択的に生成できることを見出しています。ふつう全部酸素になる反応が過酸化水素で止まるのです。もちろん,対極で水素を作ることもできます。過酸化水素は同じく漂白,殺菌のほかに燃料として使えます。さらに有機合成によって,香料,医薬品,繊維原料なども作れます。

─生成物を選択的に作れるのですね
光電極による有用化成品の選択的製造(提供:産総研)
光電極による有用化成品の選択的製造(提供:産総研)

そうです。昨年10月に発表したのは,海水の光電極電解の反応選択性を制御したという研究です。海水や塩水は地球上でもっとも汎用な水資源です。還元反応で水素を作りつつ,酸化反応では需要に応じて酸素と次亜塩素酸を作り分けようというもので,プラントが小さい初期は次亜塩素酸を作って経済性を出すにしても,規模を大きくして水素を増産するときに次亜塩素酸や塩素がたくさん出ると困るので,今度は酸素がいいわけです。つまり,両方を作り分けたいという希望があるのですが,実現は困難でした。

そこで我々は,光電極上をマンガンで修飾するとほぼ次亜塩素酸ができず,100%近くが酸素になる現象を発見しました。さらに,最近ではコバルトを付けると100 %近くが次亜塩素酸になって,酸素はほぼ出なくなることも見出しています。このように,ちょっとだけ触媒を表面に付けるだけで,選択性をガラッと変えることができるようになりました。

これは実用化上非常に重要な発見ですが,学術的にもちょっと面白い現象です。マンガンを光電極に付けると次亜塩素酸はほとんどできず酸素ばかりできると言いましたが,植物の光合成はまさにマンガンの触媒を使っています。ここで,植物が鉄やコバルト,ニッケルではなく,マンガンを触媒に使う理由が昔からの謎でした。

今回分かったのは,もし光合成で次亜塩素酸が植物の中にできると,自分で自分を殺してしまいます。自身に有害なものが一切できない元素はマンガンしかありません。植物は数10億年という長い進化の過程で,試行錯誤を繰り返してこのマンガン触媒を獲得したはずです。それは偶然かもしれませんが,元素としては必然だったのです。これは人工光合成の研究から新しい進化の仮説を提唱したということです。人工光合成の成果に天然の光合成の研究者が興味を持ち,そして両者の融合が進むというフェーズに入ってきたと考えています。

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