産総研ゼロエミッション 国際共同研究センター(GZR)と光技術
第二回「多接合太陽電池研究チーム」

─コストはどのように下げるのでしょうか?

多接合太陽電池にはGaAs基板上に結晶成長させるコストと,GaAs基板自体のコストが共に高いという問題点があります。まず結晶成長のコストは現状の結晶成長法であるMOVPE(有機金属気相成長法)の代わりに,我々がNEDOプロジェクトで大陽日酸と共同で開発している「ハイドライド気相成長法」(H-VPE)を用いることで非常に安くできることがわかっています。

さらに基板コストの低減では,GaAs基板を何回も再利用することが必要です。そのためにはAlAs(アルミヒ素)層を最初に結晶成長しておいて,その上にⅢ-Ⅴ族を成長させ,最後にAlAs層を犠牲層としてエッチングすることで,Ⅲ-Ⅴ族の太陽電池を剥離します。Ⅲ-Ⅴ族太陽電池の半分くらいが基板のコストなので,現在は溶かしてしまっているGaAs基板の再利用は技術の肝となります。

太陽電池パネルを搭載した「プリウスPHV」実証車 出典:NEDOプレスリリース https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101150.html
太陽電池パネルを搭載した「プリウスPHV」実証車 出典:NEDOプレスリリース https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101150.html

さらに,低コストのボトムセルも必要です。例えばPHVプリウスに載っている太陽電池のボトムセルはInGaAsですが,結晶成長が非常に難しく高価なので,代わりにSiやCIGSといった材料を使う,スマートスタックという研究を行なっています。成長速度や成長条件といったプロジェクトの目標が量産機で実現できて,基板再利用の装置もうまく開発できれば,プロジェクトが終わる3~4年後には,量産時200 円/Wの目途が立つはずです。

─それぞれの研究について教えてください

まずH-VPEは現状のMOVPEと原料が違います。 MOVPEは原料に有機金属を使うのですが,H-VPEの原料は安価な金属と塩化水素(HCl)ガスです。Ⅴ族の原料にはアルシンやホスフィンという,高価な水素化物を使うのですが,H-VPEはその使用量が非常に少なくて済みます。しかも成長速度が速く,たくさん太陽電池を作れるので装置の減価償却も非常に短く,通常のMOVPEに比べて成膜コストは1/10くらいになると試算しています。

H-VPEによる基板成長の仕組み(提供:産総研)
H-VPEによる基板成長の仕組み(提供:産総研)

問題点としてはアルミニウム(Al)系の材料の成長が難しいという点があります。Al系材料が成長できないと変換効率も上がらないし,基板の再利用もできません。我々は去年,H-VPEではじめて高品質なAl系材料を太陽電池に応用することに成功しました。HClガスとAlを反応させるとき,GaやInと同様に800度くらいで反応させると塩化アルミニウム(AlCl)が発生し,装置の石英管が腐食する問題がありました。

これに対して,AlとHClを500度程度の低温で反応させることで,石英と反応しにくいAlCl3が利用できるようになり,H-VPEにおいてもAl系材料が成長可能なことがわかってきました。

大陽日酸のH-VPE装置(提供:産総研)
大陽日酸のH-VPE装置(提供:産総研)

Al系材料の効果として,AlInGaPを,InGaP太陽電池のパッシベーション層に使うと,変換効率が非常に高くなります。さらに,AlAsを基板上に成長すれば基板が再利用できます。剥がしたⅢ-Ⅴ族の太陽電池はSiやCIGSと接合できるので,これもまた低コスト化につながります。実際にInGaPの太陽電池にパッシベーション層として, AlInGaPを使ったところ,変換効率は13%から17%に上がりました。

これはH-VPEによるInGaP太陽電池として世界最高の効率になります。このInGaP太陽電池をGaAsとの2接合の太陽電池にしたところ,22%の変換効率が28%になりました。これもH-VPEによる世界最高の変換効率になっています。つまり,H-VPEで不可能と言われていた高品質なAl系材料をはじめて太陽電池に導入したことで,Ⅲ-Ⅴ族の多接合太陽電池の低コスト化に向けて大きく進展したということです。

実はH-VPEは30年くらい前に使われていた技術です。フォトダイオードなどAl系材料が必要ない長波長領域で日本でも使われていましたが,MOVPEの技術が向上し,レーザーのような薄膜のヘテロ構造が必要になると,技術開発は界面制御の得意なMOVPEに移っていきました。

こうしてAs系のH-VPE技術はなくなったのですが,太陽電池応用を考えたとき,H-VPEはGaN基板を作れるほど結晶成長速度も非常に速いので,太陽電池応用にはH-VPEが適しているのではないかと,我々が再び注目したということです。

今のところH-VPEを研究しているのは,我々とアメリカ再生可能エネルギー研究所(NREL)だけですが,国際会議などの状況を見ていますと,NRELはまだAl系材料の高品質化に課題があり,変換効率がなかなか上がらないようです。そういった意味では我々のほうが少し進んでいると思います。

─剥離技術はどうでしょうか
太陽電池剥離技術(提供:産総研)
太陽電池剥離技術(提供:産総研)

剥離技術では,GaAs基板にAlAs層をまず成長しておいて,その上にGaAsを積層して支持シートにGaAsを接着し,AlAsをフッ酸系のエッチャントで溶かすと,再利用可能なGaAs基板とGaAs太陽電池が分離できます。非常に薄い膜なのでフレキシブルな太陽電池です。問題は剥がした後の性能ですが,剥がす前後でほとんど変わらない,非常に良いものができています。さらに,スマートスタックによるGaAsとInGaAsの2接合によって,変換効率が上がることも実証しています。

実用化に向けては,4インチ基板のInGaP/GaAsセルを一度に自動で複数枚剥がせるような装置を,シャープと東大とタカノで開発しています。剥がすだけならエッチ ャントにしばらく漬けてAlAsを溶かせばいいのですが,量産では速度を上げる必要があります。そうなると剥がすのが難しくなるので,温度などを制御しながら太陽電池の性能を落とさず,速く剥がす量産装置を開発しています。

また,基板の表面に少しでもコンタミが残っていると再利用で影響が出るので,基板表面をいかにきれいにするかというのも重要です。今のところ,10回まで再利用できていますが,プロジェクトでは50回を目指していますので,これからの研究が必要です。これも3年後, H-VPEの量産機と同じくらいには実用化のめどが立つ予定です。

次にスマートスタックですが,これはボトムセルとトップセルを簡単に接合する産総研オリジナルの技術です。本来,GaAs系のトップセルと,SiやCIGSを結晶成長で接合することは大変難しいですが,パラジウムや銅とい った金属のナノ粒子を,スピンコートを使って間に入れることで非常に低コストかつ簡単に接合することができます。この方法でSiのボトムセルにInGaPとアルミニウムガリウムヒ素(AlGaAs)を付けた3接合太陽電池では変換効率は31%が得られています。

さらに,今挑戦しているのがCIGSとの接合です。CIGSはソーラーフロンティアが販売する低コストの太陽電池ですが,表面ラフネスが大きく,接合するのは非常に困難です。しかし,3接合という観点からは,InGaP,GaAs, CIGSという組み合わせはエネルギー的にベストなバンドギャップを持ちます。現在のところ変換効率は28.1%ですが,理論的にはSiのボトムセルとの組み合わせよりも高くなるはずです。

CIGSとⅢ-Ⅴ族を接合する技術は他にないので,この変換効率が世界記録として認定されています。こうした世界記録はProgress in Photovoltaicsという太陽電池専門の論文誌で半年に1回更新されます。他にも我々のチームではSiのアモルファスセルや微結晶Si,薄膜Siの材料系で変換効率10%~14%の世界記録を4つ持っています。変換効率についての世界記録は50~60項目ありますが,そのうち5つは我々のチームの成果です。

(編集部注:ソーラーフロンティアは10月12日にCIGS太陽電池の生産終了を発表したが,出光興産次世代技術研究所は,電動自動車や通信用ドローンといった移動体への搭載が期待される次世代CIGS太陽電池について,タンデム型太陽電池などへの活用を目指して研究開発を加速すると発表しており,GZRへのCIGS太陽電池の供給も継続されるという)

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