─コストはどうでしょうか
合成は売り物の試薬で途中までできますし,特殊なプロセスも必要ありません。金を使うのが問題ですが,ニッケルで近いことができそうだという予備的なデータを得ています。ただ,ニッケル錯体の方はX線の構造解析が難しく,それが本当にピラミッド型をとっているかどうか,証拠が今のところありません。それをつかんで金をニッケルに置き換えられれば,かなりコストダウンになります。
─ちなみに分子構造はどうやってわかったのでしょうか?
X線構造解析はまず,ある程度経験と勘を使って原子の配置を決め,その構造と実際に得られたデータとを照らし合わせ,一歩一歩迷路を進むようにして解析します。
最初は先入観もあって金原子の位置が決められず,さらにあちこちにいろんな原子がぼやっと見えていたので構造の可能性も無数にあってモデルを立てられませんでしたが,思い切って平面構造から飛び出した位置に金原子を配置したところ,結局それで最後まで迷路を抜けられました。X線構造解析はパズルのようなもので,予想外の構造をしていたりすると勘や経験が頼りです。
─今回利用したクラウドファンディングについて教えてください
私はクラウドファンディングについて何も知らなかったのですが,学術系クラウドファンディングサービスのアカデミスト(https://academist-cf.com/)からチラシが送られてきて,クラウドファンディングをやってみたいという研究の公募をしていることを知り,エントリーしたところ採択されました。そこで色々教えてもらいながらやってみました。
このサービスでは常に10件以上の研究を目的としたファンディングが走っています。領域は私みたいな理工系から医学,農学,薬学,それから人文社会系や経済学などなんでもあって,利用する人も大学生からポスドク,教授まで多様です。
─利用していかがでしたか?
私の場合,2019年の10月24日~12月23日の2カ月間に60万円の目標に対して138万円を寄付していただきました。すべてのプロジェクトが成功するわけではない中,運がよかったと思います。寄付金の使い道は自由で年度内に使う必要もありません。研究費の取得という意味では新しい選択肢として考えられるもので,個人的にはお勧めです。
短所を挙げるなら,最後にならないと貰える金額が決まらないことがあります。極端な話,100万円の目標に対し99万円集まっていても,期限が過ぎれば1円も受け取れません。もう一つは,文科省などの外部資金は年度末などに所定の報告をすればいいのですが,クラウドフ ァンディングの場合,出資者一人一人にリターンが必要です。
例えば100人に援助していただいたら,5000円,1万円,3万円と金額に応じて場合によっては一人に複数回,全員にお返しをするので手間はかかります。寄附していただいたら,その謝辞もできるだけ間を開けずにアップしなくてはいけませんし,資金の集まりが悪くなれば,ツイッターなどSNSで喝を入れる,つまり宣伝やお願いをするのですが,私としてはやりにくかったですね(笑)。
それでも世の中一般の方がサイエンス,いわば日常の生活からかけ離れたところに,当時は初期でしたがコロナ禍にも関わらずお金を出していただいたことには非常に感謝しています。しかも私の場合,リターンは学会の資料や論文の謝辞に名前を載せるとかいうものでしたので,何か物を貰えるものと比べたらわかりにくいわけです(笑)。それでも援助していただいて本当に感謝していますし,研究が新たなステージに入ったら,また挑戦したいと思います。
─研究の次のステップはどうなりますか?
現在は光を一週間くらいは漏らしながら蓄えられますが,これは言ってみれば蛇口の無い穴の空いたバケツみたいなものです。次はなんとしてもこのバケツの穴に蛇口を付け,必要な時に必要な量のエネルギーを取り出せるようにしたいと思っています。
最近,ひいき目に見れば中間的な,つまり最初は光るんですけど,おそらく半分くらいエネルギーを放出したところで止まるという不思議な物質が見つかっています。その理由がわかれば,蛇口の大きなヒントになると思っています。そこが次のステージであり,すでに研究を始めています。
─光学機器に注文はありますか?
以前困ったのは,ちゃんとデシケーターで保管していたフィルターがいつの間にか変色したり破れたりしていたことです。強いレーザーや広い波長の光を当てたときの熱のせいだと思うのですが。製品が熱的にどれくらい強いかを数字で出しているメーカーは私の知る限りでは一社くらいで,この会社のフィルターは他社の光源と組み合わせても焼けたり割れたりしません。
他にもステンレスのポールがすぐに錆びることがありますが,電導性磁性物質に錆は禁物です。私のサンプルは顕微鏡でないと見えないくらいのサイズですが,ここに何かの拍子に錆がほんの一粒でも付くと測定しているものの主役が錆の方になってしまって,実験がダメになります。ですので防錆性のデータも見積もり時に出るといいですよね。
あとは,波長と出力が可変な小型レーザーがあると有機物では助かります。広域の白色光源を使う場合,どんな波長が効いているかを調べるのにフィルターを使うと光量が大きく落ちます。そこで強い光源を使うと今度はフィルターが焼けるので,波長別の実験が非常にやりにくい。今は水銀ランプと小型のLED的なレーザーを組み合わせていますが,どうしても弱い領域があるので,その物質がその波長に応答しないのか,光が弱すぎるのかで悩みます。
検出器にもリクエストがあって,広域の白色光をスペクトル的に表示して,波長ごとに強度がわかる検出器が意外とないんです。メーカーにも特注の分光装置になると言われ,そうすると値段は桁が一つ違ってくるので,我々大学の人間にとって現実的ではありません。
それに普通の分光装置のサイズでは,他の測定と組みわせることがワークスペース的に不可能です。レーザーの光を検出するフォトダイオード的な,受光部の大きさが1 cm×1 cm,あるいは5 mm×5 mmくらいでサンプルルームに入れられ,かつ価格が我々大学の人間に手が届く。そうした検出器があれば,有機関係の光技術は進むと思います。
(月刊OPTRONICS 2021年3月号)