太陽光を「蓄える」夢の物質に挑む ─クラファンが支える新たな研究スキーム

◆内藤 俊雄 (ナイトウ トシオ)
愛媛大学 大学院理工学研究科 環境機能科学専攻 教授
1964年東京都文京区生まれ。
東京大学理学部化学科卒業。東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了。
博士(理学)(東京大学)。
愛媛大学大学院理工学研究科環境機能科学専攻教授(固体物理化学)。
1988年から有機物を中心とした新しい伝導性物質や磁性物質の開発とその機能発現機構を研究。
当該研究で日本化学会学術賞,分子科学会国際学術賞など,11件の受賞。
日本化学会速報誌編集幹事,分子科学会幹事,日本学術振興会専門委員,日本学術会議連携会員などを歴任。

SDGsの推進により太陽光発電が改めて注目を集めている。現在の太陽電池は発電しかできないが,もし,太陽光のエネルギーを蓄え,任意に取り出せる物質があったらどうであろうか。バッテリーが不要な新しい再生可能エネルギー源として大きな注目を集めるだろう。

愛媛大学教授の内藤俊雄氏は,光が当たると構造が変化し,エネルギーとして蓄えることができる物質を発見し,その実用化を進めている。今回のインタビューでは,その夢のような物質について解説して頂くと共に,研究で利用したクラウドファンディング(クラファン)についても教えて頂いた。

研究費が削減される中,有志からの寄付は研究者にとって福音となるに違いない。新たな資金調達法として検討する価値は大いにありそうだ。

─先生のバックグラウンドと今回の研究について教えてください

私は有機物やそれを配位子とするような金属錯体からなる電気伝導性物質,あるいは磁性物質を開発する仕事を35年くらいやってきました。

もともと新しい物質を作りたいという思いがあり,2000年にノーベル化学賞を受賞された白川英樹先生のポリアセチレンのように,本来は電気を流したり磁石になったりはしないはずの有機物の常識を破りたいという基礎的な興味と,有機ELのように有機エレクトロニクスによるデバイスができれば,性能や製造工程が根本的に変わる,革新的な流れにつながるだろうという考えがありました。

新しい物質を目指す中で,実際に合成した物質が持つ性質を調べるのに分光学的な方法をよく使うので,私にとって光を使うことは磁性物質や伝導性物質と同じくらい当たり前のことです。それもあって,光を当てると磁性や伝導性の機能を発揮し,止めるとその機能が白紙に戻るような,いわばiPS細胞のような伝導性物質が作れないかと,10数年前に研究を始めました。

研究では失敗作もよくできるのですが,数年前にその中にひとつだけ変わったものがありました。光を当ててもなんの機能も出ない,言い換えると光を浴びてエネルギーを受け取った形跡が表向きには見当たらない物質があったのです。

光を浴びて発現する磁性や伝導性はエネルギーを逃がす働きの一つです。ところがその機能が出ず,単に熱くなるといった気配もない。いったい光のエネルギーはどこに行ったのかが不思議でした。

研究の当初の目的とは違う物質でしたが,調べてみると今までの常識や感覚では説明がつかないような性質が次々に見つかりました。

まず,この物質は2種類の分子からできていて,構成元素としては金や硫黄,炭素,窒素と水素を含む,いわゆる有機物や金属錯体と呼ばれる物質に属します。正方形の形に配置した4つの硫黄原子の対角線の中心に金原子があるような構造ですが,この類の貴金属錯体は大学の教科書に出てくるくらい典型的な構造で,特に薬学では抗がん剤として定番です。つまり金錯体の金原子の周囲の形は正方形なのが常識で,これはエネルギー的な理由もあって誰も疑わないところです。

ところが,この不思議な物質を構造解析すると,1割くらい,たとえば室温では12%の金原子がピラミッド型に平面から飛び出して見えるんです。その構造がわからなくて構造解析装置のメーカーに相談したのですが,暗に何かの間違いだろうと指摘されたのでデータを送ったところ,本来見えるべき以外のところにもいろいろ影みたいなものが映っていて,これを解くのは非常に難しそうだと婉曲に断られてしまい,他に当たってみても,どこも荷が重たいという感じでした。

─分子構造はわからなかったのですか?
結晶成長中のビーカー(左)と顕微鏡で見た単結晶(右)(ビーカーの底に沈んでいる黒い物体(1つ1つ)が結晶)(提供:内藤氏)
結晶成長中のビーカー(左)と顕微鏡で見た単結晶(右)(ビーカーの底に沈んでいる黒い物体(1つ1つ)が結晶)(提供:内藤氏)

ええ。そこで,しばらく分子構造の問題は放っておいたのですが,どうも私の見つけた物質は,受けた光のエネルギーを一週間くらいかけて熱に変えて,検出できないくらいちょっとずつ放出しているらしいことがわかりました。

仮に金原子の周囲が平面じゃない形に変形しているのだとしたら非常に大きなエネルギーを受け取っている証拠ですから,すぐに元の形に戻るためにエネルギーを放出する,例えば光を発するはずです。ところがこの物質の場合,通常10-8~10-9秒くらいで済む放出を10数桁も長い時間をかけているわけです。これも常識では考えられませんでした。

この発見を発表するのは勇気がいることでした。それこそ何かの間違いだと思われるのが関の山だと思ったからです。それ以外にも伝導性や磁性物質の常識では考えられない性質が見つかりました。

例えば普通の物質は電子の数が必ず偶数,ペアの状態ですが,一部の物質では単独でいる不対電子もいます。この不対電子こそが,伝導性や磁性を発現する源になっています。不対電子の集団はコップの中の水に例えられ,冷やしていくとある温度で凍ります。凍った結果,不対電子もペアになって普通の物質になるものがほとんどです。

ところが,この物質中の不対電子の集団はそれと反対に冷やすと溶け,温めると凍ります。これも非常に説明に困りました。更に困ったのは,凍ってお互い動けない状態でありながら,各不対電子がS極とN極の向きをある程度互いに揃えようとする,つまり磁石としての性質を弱いながら持っているんです。こうしたものは前例がなく,何かとんでもない間違いをしているんじゃないかという不安が募っていきました。

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