さらに,電気伝導性も不対電子に起因しているので,こちらも異常なことが起きました。通常,人工的に作った伝導性物質は冷やすとどこかの段階で凍り付き,不対電子が動けなくなって伝導性を失います。ところがこの物質は逆で,かなり抵抗は高いものの冷やした方が電気の運び手,すなわち不対電子が増える,つまりむしろ冷やしたほうが伝導性に有利になります。
これも固体物理学や熱力学では単純には説明がつかない非常に不思議なことです。
この3つの前例にない性質を信じてもらえるような証拠を集めるのに苦労しましたが,4~5年かけて2019 年の秋にイギリス王立化学会誌に論文を掲載すると注目されて表紙にも載せていただきました。
つまり,証拠を揃えて全体を矛盾なく説明した結果,この物質に含まれる不対電子の集団は確かに温めると凍るといった不思議な性質があることが認められました。そこにもっと不思議な特徴として,光を蓄えられる可能性があることを全面に出したのが,今の研究の概要です。
フォトニック結晶の光閉じ込めや,何日間も光っていられる蛍光やリン光の延長のような研究,有機ELを長く光らせるといった研究もありますが,単純に光を当て,室温で放っておくだけで自然に光のエネルギーをこれほど長時間保持する物質は,私が知る限り世界ではじめてです。
─具体的にはどういう形で光はたまるのでしょうか
この物質は室温付近だと9割くらいの金錯体分子が平面構造,1割くらいがピラミッドのような頂点が平面から飛び出した四角錐の形をとりますが,光を当てると両者の割合が変わります。このときの光は240 nm~450 nmくらいの紫外線を水銀ランプで当てています。
一番効く波長は,今のところ理論計算である程度わかっているだけで,直接の実験から特定はできていません。
話を戻しますと,光を受けると分子が変形し,いわば化学結合のエネルギーとして物質の中に蓄えられます。車が衝突したときにバンパーが凹むように,一部の分子が変形してエネルギーが光から受け取った分だけ上がります。変形した分子は結晶中のあちこちに無数に存在し,それらがいわばランダムに,徐々に徐々に戻っていくわけです。
その時,変形した分子1個が放出するエネルギーは丁度紫外光の光子1個分,温度に換算すると数万度になりますが,実際に熱として出すときは,単純に対応した温度にならずにちょっとずつ出していきます。実は変形した場合,分子としては不安定化しますが,結晶全体で見ると安定化する要因もあります。その為,分子変形が元に戻るのを防ぐ効果も働きます。従って全部が戻るのに長い時間がかかります。
実はこの物質の中に金の錯体以外に影の立役者となる分子がいます。金錯体をA,立役者をBとすると,AとBの間で不対電子をやりとりしています。A,Bともに平面型の分子で,結晶中では向かい合っているため,この不対電子のやり取りに伴いBから金原子が引っ張られるようにして,Aの分子平面から飛び出します。それは光が当たっていないところでもある程度起きていますし,光が当たれば強力に促進されるわけです。
このときの波長はAとBの組み合わせを変えることによって変わるので,Aを固定しておいてBをいろいろ変えることで,可視光に近いところやもっと赤外の短いほうなど,いろいろな設計が可能になってくるはずです。
ですから,日常的な光がノイズになるような光通信においても,例えば短い波長だけを選択的に受けて応答するような通信が可能になります。逆に太陽光付近の波長,自然光を使って,それを電池で充電するかのように蓄えて,持ち運んで好きなところで光や熱として使う。あるいはソーラーパネルのようにたくさん並べれば,バッテリーが無くても夜でも雨でもエネルギーが使えるようになります。家庭用のソーラーパネルや燃料電池は非常に大がかりで値段もそれなりにしますので,それを光と直結してパーソナルなサイズと価格にしたいという夢があります。
─蓄えたエネルギーはどう取り出すのでしょうか?
そこが難しくて,次の段階の研究です。何か刺激を与えれば分子の変形は戻るはずです。パチッと大きな圧力を,ピラミッドを上から押しつぶすように加えてやれば,それをきっかけにバネみたいに戻らないかなと考えています。不安定な状態なので,熱や他の波長の光のような刺激でも,一気に崩壊して変形が戻るかもしれません。
その時出てくるエネルギーが熱なのか光なのか,それも今のところは選べません。まだ論文にしていませんが,エネルギーが光として出てくる物質もあって,これは熱と違い蓄えられずにすぐに光ってしまうので単なる発光物質に過ぎませんが,もしこのメカニズムがわかって光と熱を切り替えらえるようになったら,これまで世の中にない物質として面白いものになると思います。