─開発体制についてお聞かせください
(福島)現在,理化学研究所,JAXA(宇宙航空研究開発機構),名古屋大学,九州大学,それぞれと共同研究をしています。まず理化学研究所では,我々の作る除去衛星の一番コアである部分,レーザーのシステムを作ります。この除去衛星はありふれた設計ではないので,そのシステムの検討をJAXAと共同で実施します。
名古屋大学では10数年にわたって,レーザーによる推力の研究をしています。レーザーを照射したときの材料に応じた推力の大きさやその方向等をモデル化し,それを衛星の制御システムに組み込もうとしています。九州大学とは宇宙ごみのシミュレーションの権威と共同研究をしています。宇宙ごみは基本的に回転していますから,どの程度回転しているかをシミュレーションしてミッションの運用に反映します。
─福島さんはプロジェクトを統括されるわけですが,経緯について教えてください
(福島)私は衛星の運用とその運用準備等の仕事をしていたのですが,会社に新規事業を検討する環境があり, 2018年ごろから社内の有志と宇宙ごみを除去するビジネスを検討してきました。あるとき理化学研究所の先生が書いた論文に,大きなレーザーを使って小さな宇宙ごみを取るというものを見つけました。レーザーの仕様が大きすぎることもあって,衛星に使うのは難しいと思っていたのですが,レーザーをもっとコンパクトにしたら衛星が動かせるのではと検討していました。しかし社内だけでは行き詰って,理研の先生にご相談に行かせていただきました。
そのときに,逆に先生方から「論文には書いてないけど,小さなレーザーで衛星を動かすサービスなんてどうだろう。結構現実的なレベルだと思うよ」と提案いただき,それがまさしく我々が検討していたことと同じだったので,一緒にやりましょう,となったのが2018年の夏のことです。
そこから議論を重ね,当社の新規事業スタートアッププログラム制度を活用して,2019 年2月には正式に組織としてやっていくお墨付きを得て,まずはフィージビリティスタディを私と3名の同僚で開始しました。2019 年に正式に理化学研究所,名古屋大学,九州大学とそれぞれ共同研究を始め,またJAXAとも議論を開始しました。
理化学研究所ではレーザーを照射したときに発生する推力を計測しました。そのときの実験の主担当者が津野さんです。その計測結果をミッションのシナリオに拡大すると,このくらいのレーザーのスペックでこれくらいの衛星が動かせそうだという大まかな部分がわかり,これはいけるぞ,ということで,会社に衛星の設計開発の着手の許可を得るとともに,理化学研究所にはレーザー開発のためのチームを組成し,JAXAとはJ-SPARC,名古屋大学,九州大学とは共同研究の枠組みができたため,今回のお披露目に至りました。
計画では,2022年の末までにレーザーおよび衛星の設計を終えることを目標にしています。その後,軌道上実証を2年くらい実施して,フィードバックを反映した除去衛星を作り,サービスを開始するのが2026年です。初期の除去衛星のミッションとして,まずはひとつの宇宙ごみをひとつの衛星で落とすことをターゲットにしています。
─システムの構成と宇宙ごみを落とす方法を教えてください
(福島)まず,レーザーの出力は数10 Wくらいのアウトプットを目標にしています。一番シンプルでこなれているNd:YAGのパルスレーザーを使います。パルス幅はナノ秒くらいのイメージです。衛星の太陽光発電の電力を使い,消費電力は200 ~300 Wを目指しています。小型の衛星に搭載するのでサイズは数10 cmクラスに抑えたいので,小型化に向けた調整をしているところです。
宇宙ごみを落とす原理はレーザーアブレーションです。対象にレーザーを照射してアブレーションが起きると,プラズマ化や気化により推力が発生します。宇宙ごみは基本的に回転しているのですが,まず,カメラで対象物体の回転を解析し,このタイミングで,この方向にレーザーを照射すれば回転が止まっていく,というのを分析した上でレーザーを照射します。まずは回転を止め,次に重心近くに照射して移動させる推力を発生させるというイメージです。
これだけ聞くと,レーザーアブレーションはすごく大きな推力が出せるという印象を受けるかもしれませんが,実際には100 kg ~200 kgくらいの衛星の軌道を数年かけて下げるというタイムスパンです。レーザーを1回や2回照射したらからといって,すぐに落ちていくわけではなくて,高度1000 kmくらいから500 kmくらいまでをランデブー(ある程度の距離を保っている)状態で数か月から年単位かけて落としていきます。
ある程度軌道を下げると,大気抵抗の影響等によって,地球に落ちやすくなってきますので,そのあたりの軌道までは下げる必要があると思っています。参考までに衛星を使い終わった後は,国際的には25年で大気圏に突中する軌道に衛星を置くことがガイドラインになっています。
レーザー一発一発の推力はすごく小さく,地上では1円玉を浮かせることもできない程度ですので,それを積み重ねる(長時間かける)わけです。出力としては数10 Wなので,大それたことができるわけではありません。やはり最初はレーザー兵器のように思われる方も多いのですが,我々が表現として適切かなと思っているのは,シミ取りの美容レーザーのようにパチパチパチ…という感じです(笑)。あれを積み重ねることによって,宇宙ごみはゆっくりと動きだします。
捕獲して運ぶ方法もありますが,捕獲した物体の重量が自分と同じだったら自重が2倍になります。動かすにはそのぶん燃料が必要になりますが,レーザーの場合,その燃料を持って行く必要が無いというメリットもあります。