─この人工網膜はどう作るのでしょうか?
(内田)我々の人工網膜に用いるポリエチレンは専門的に言うと高密度ポリエチレンという,レジ袋に使われているものと同じ成分です。レジ袋はシャリシャリと音がしますが,あの音はポリエチレンの分子が折り畳まれて形成した結晶の板が擦れて出る音で,その結晶からなる構造が強度を生み出しています。レジ袋と同じようなものと言いましたが,本当にそのままのものを体内に入れたら,色々な添加剤が入っているので大変なことになります。そこで体内に入れても害のない純度の高いポリエチレンを探し出しました。これをさらに精製してきれいにし,その後,プレス機でポリエチレンの薄膜フィルムにします。このフィルムを作ってくれるところを探したのですが,我々の要求品質に合ったものを作ってくれる所が見つからなかったので,自分たちで作ることにしました。
ポリエチレンは化学的にすごく安定で,基本的に瞬間接着剤でも接着できません。これは表面に官能基という反応する場所がないためです。そこで我々は,「NK-5962」という光電変換色素をフィルム表面に結合させるために,表面を発煙硝酸という酸で処理しています。そうすると,分子鎖が折り畳まれている所が切れて官能基(カルボキシル基)が入ります。そこにジアミンという反応性の高い分子を結合させ,その後に光電変換色素を共有結合というすごく強い化学結合でつなげています。そのため,人工網膜のピンク色はいくら洗っても簡単には取れません。松尾先生の手術で使う人工網膜は直径が5mm~10mmぐらいなので,最後にその大きさに打ち抜いて人工網膜にします。
これをケルビンプローブという装置で調べると,明るさの違いによって表面の電位が上がったり下がったりすることが分かります。この電位が微妙に強弱することが大切で,しきい値があって,電位が発生するかしないかだけであると像は真っ白か真っ黒かでしか見えなくなってしまいます。また,僕らが見えている可視光以外の赤外線や紫外線でモノが見えても困るので,その領域では電位が出てないことも確かめています。
─こうした研究は学内だけで行なってきたのですか?
(内田)基礎研究はずっと我々の研究室でやってきましたが,体内埋め込み型の医療機器のグレードのものを作るには設備が不十分で,もう無理かなと思ったこともありました。しかしある講演会で私の講演を聞いていただいていた岡山県内で自動車部品を作っている三乗(みのり)工業(株)の社長さんが相談に乗ってくれ,岡山大インキュベータという中小企業基盤整備機構が起業を支援する施設に専用のクリーンルームを設置し,必要な装置も全部新しく買ってくれました。医療機器とは全然関係の無い企業ですが,社会貢献ということで一緒に取り組んでくださるようになったのです。
他にも帝人ナカシマメディカル(株)など多くの方に助けていただき,昔のグレードでいうとクラス1000より清浄度の高いクリーンルームを設置できました。さらに種々の対応を行なうことでPMDA(医薬品医療機器総合機構)で要求されるQMS(医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令)体制が構築できたと考えています。また,この場所で三乗工業が医療機器製造業の登録もしています。ポリエチレンや色素を使ったこれまでにない医療機器ですので,滅菌方法から厚みや吸光度といった品質を管理する品目仕様も,PMDAと相談しながら自分たちで決めています。