物質・材料研究機構(NIMS),日本大学,東北大学の研究グループは,多数の光アンテナをジグザグ配線で接続した独自の構造を用い,実用レベルの高い感度を持ち,毒性の低い赤外線検出器を実現した(ニュースリリース)。
赤外線は,分子固有の吸収スペクトルや物体からの熱輻射が現れる波長域で,ガスの濃度を測るセンサー,物質の組成を調べる分析装置,温度分布を非接触で画像として計測するサーモグラフィ,熱源の可視化などに大きな役割を果たしている。
環境問題やセンシング技術の重要性の高まりに伴い,赤外線計測への期待は高まる一方だが,その基盤を揺るがす大きな問題が迫っている。赤外線の高感度検出には冷却式の検出器が用いられる。中でもNOx,SOxなど,大気汚染ガスの計測に重要な波長5~10μmの領域の高感度検出には,これまで,水銀カドミウムテルライド検出器が独占的に用いられてきた。
この検出器は,欧州連合のRoHS指令が定める10の規制物質の内の2つを含む。さらに,水銀の使用を規制する水俣条約の発効により,これ以上,水銀やカドミウムを含む検出器に依存していくことは困難となる。
これに置き換わる低毒性で高感度な赤外線検出器がいくつか開発されてきたが,その1つに量子井戸赤外線検出器がある。量子井戸とは,原子1層レベルの精度で2種類の半導体結晶を交互に積層して作る高度な人工材料で,設計により検出感度のピーク波長を自在に作り分けられる。しかし,入射光を吸収する能力が低く,1990年代に盛んに研究されたものの,広く普及するには至らなかった。
今回,研究グループは,低毒性材料でできた量子井戸を組み込んだ光アンテナをジグザグ配線で接続することにより,従来の検出器に匹敵する高い感度を持つ赤外線検出器を実現した。この検出器では,厚さわずか4nmの量子井戸が赤外線を電流に変換する。
光アンテナが入射光で共鳴すると,その電流を大きく増強できるが,電流を取り出すために配線を接続すると,アンテナの共鳴状態は乱されてしまう。この研究では,配線をジグザグに折り曲げて,電磁場が配線を伝わる時間を正確に調整することで,すべてのアンテナの共鳴を維持したまま大きな電流を取り出すことに成功した。
この検出器では,量子井戸も光アンテナも各部の寸法で特性が決まるので,設計に大きな自由度がある。今後,高感度で室温動作する究極の赤外線検出器の実現を目指して,開発を加速していくという。また,ジグザグ配線でつないだ光アンテナは,赤外線検出器に留まらず,赤外光源など様々なデバイスの重要な基盤構造になるものとしている。