月刊OPTRONICS 特集序文公開

車載向けナイトビジョンが起爆剤となるか,赤外線イメージセンサの動向

赤外線イメージセンサの最新動向 著者:木股雅章

1 はじめに

月刊OPTRONICSでは,2023 年に赤外線イメージング特集号を出版しているが,2年経過した今年また赤外線イメージングを特集することになった。赤外線イメージングが対象にしているのは,SWIR(Short-wave infrared, 1 ~ 3 μm),MWIR(Mid-wave infrared, 3~ 5 μm),LWIR(Long-wave infrared, 8 ~ 14 μm)の3 つの波長域である。本特集号にはMWIRとLWIRに関連したデバイス,レンズ,応用技術に関する新しい技術の解説が掲載されている。

量子型赤外線検出器を用いて3 つの波長域全てを対象にした赤外線イメージセンサ(Infrared Focal Plane Array,略してIRFPA)が開発されているが,MWIRとLWIR用の量子型IRFPAは冷却して使用する必要があり,冷却IRFPAと呼ばれる。LWIR波長域では冷却不要の熱型赤外線検出器を用いた非冷却IRFPAも開発されていて,民需分野で市場が拡大している。

本総論では,非冷却IRFPA,MWIRを中心とした冷却IRFPA,およびSWIR FPAの最新動向を概観する。

2 非冷却IRFPA

非冷却IRFPAは画素ピッチが8 μmまで縮小されて技術的には一つの踊り場を迎えており,関心は技術面からビジネス面に移っている。特に期待されているのは,最近米国で法令化が決まった新しい自動車安全基準が生み出す車載赤外線ナイトビジョンシステムの需要増によるビジネスの拡大である。

米国運輸省道路交通安全局(National Highway Traffic Safety Administration,略してNHTSA)は,AEB(Automatic Emergency Brake)の搭載率が十分高いレベルに達しているにもかかわらず,歩行者死亡事故と追突による死亡事故が増加している現状を改善するため,連邦自動車安全基準FMVSS-127(Federal Motor Vehicle Safety Standards-127)を策定し,2029年から販売されるすべての乗用車と軽トラックには夜間の歩行者衝突回避を含む基準性能を満たしたAEBの搭載を義務化すると発表した。

新しい安全基準では,①夜間でも45 mph まで歩行者を検知し衝突を回避すること,②先行車両に対して62 mphまでAEBにより衝突を回避すること,③先行車両に対し衝突が差し迫っている場合は90 mph までAEBを作動させることが求められている。

NHTSAは,歩行者死亡事故のうち77%が夜間または薄暮時に起こっていて,現行のAEBでは夜間の衝突回避が難しいというテスト結果も報告している。一方,Teledyne FLIR とVSI Labs はAEB搭載車でNHTSAの試験条件に準拠したテストを行ない,可視カメラとレーダのみでは回避不可能であった夜間条件でも赤外線カメラのデータを融合することで回避可能であることを実証し,赤外線イメージングの有用性を示した。こうした状況を反映して,ビジネス面で車載赤外線ナイトビジョンシステムに関連した新しい動きが見られるようになった。

そうした新しい動きの一つとして,Teledyne FLIR の赤外線カメラをヨーロッパのTier 1 のValeo が採用を決定したことが挙げられる。Teledyne FLIR はこれまで実質的に1 社のTier 1のみ(Autoliv → Veoneer → Magnaと社名は変化しているが同じ部門)に車載赤外線カメラを供給してきており,他のTier 1 顧客の獲得は同社の20 年以上の車載赤外線ナイトビジョンビジネスで初めてのことである。

また,IRFPA単体販売に徹してきたLynred が,車載赤外線ナイトビジョンが満たすべき仕様の検討を行ない,レンズメーカのUmicore,自動車用ガラスメーカのSaint-Gobain Sekuritと協力して$100 の車載赤外線カメラ構想を発表していることも注目される。

さらに,車載赤外線ナイトビジョンビジネスへの参入を目指したスタートアップの動きも活発になってきている。LCD技術を活用して非冷却IRFPAを安価に大量生産する技術を開発したObsidian Sensorsは,そうしたスタートアップの代表的な例で,生産には日本のジャパンディスプレイとも協業すると報道されている。

Owl Autonomous Imaging も車載赤外線ナイトビジョンに特化したスタートアップで,独自の光学技術で1 つの赤外線カメラで2 視野の画像を取得し,AI 処理で識別,測距を行なうことを特徴として顧客獲得を目指している。

NHTSAの新しい安全基準に対しては自動車業界からの反発が強く,赤外線カメラなしで要求を満たすシステムを構築しようという動きもある。車載赤外線ナイトビジョンシステムが赤外線ビジネスの起爆剤になるかどうか予断を許さない状況ではあるが,自動車運転の安全要求のハードルは今後上がるものと考えられ,赤外線技術が重要な役割を果たすようになる可能性は高い。

3 冷却IRFPA

冷却IRFPA分野では,研究開発の中心がこれまで主流であったHgCdTe とInSbからType Ⅱ超格子やInAsSbを用いたものに移っている。Type Ⅱ超格子は,二種類の半導体を数から数十原子層の厚さで交互に積層したもので,一方の半導体の価電子帯井戸内準位のホールと,もう一方の半導体の伝導帯井戸内準位の電子の波動関数が隣接する半導体層に広がりミニバンドが形成され,ミニバンド間の励起により光を吸収する。赤外線検出器に用いられているType II 超格子材料としては,InAs/Ga(In)SbとInAs/InAsSbがある。カットオフ波長を決めるミニバンド間のエネルギーギャップは,二種類の半導体の厚さで制御することができる。

HgCdTe ではIRFPAを高い温度で動作させるHOT(High Operating Temperature)化が進んでいるが,Type Ⅱ超格子検出器やInAsSb 検出器でも,多数キャリア流れを阻止するバリア構造を持った検出器で暗電流が低減され,MWIRでは150 K程度での動作が可能になっている。

日本でも(国研)宇宙航空研究開発機構と住友電工がType Ⅱ超格子IRFPAの開発を進めており,カットオフ波長が5.6 μmの1024×1024画素InAs/Ga(In)Sb Type Ⅱ超格子IRFPAを発表している。

4 SWIR FPA

SWIR FPA分野では,InGaAs検出器チップとSi 信号読出回路チップを金属バンプで接合したカットオフ波長が1.7 μmのハイブリッドFPAが主流となってきた。InGaAsは,InAs とGaAsの比率を変えることでカットオフ波長を3.4 μmから0.86 μm(室温)まで調整することができる。カットオフ波長が1.7 μmに相当する組成はIn0.53Ga0.47Asであり,この組成の結晶は基板材料となるInPと格子整合するので良質なフォトダイオードを作製することができる。

SWIR IRFPAの分野では,カットオフ波長が1.7 μmのInGaAs ハイブリッドFPAに加え,カットオフ波長を2.5 μm程度まで伸ばしたeSWIR(Extended SWIR)FPAの開発が盛んになってきた。eSWIRとしては,InGaAs の組成を調整してカットオフ波長を伸長したもの,CdZnTe基板上に広い組成範囲で格子整合するHgCdTeを検出器としたもの,InGaAs/GaAsSb Type Ⅱ超格子を検出器としたものが開発されている。

InGaAsの組成を調整する場合は,基板とInGaAsの間に厚いバッファ層を挿入して格子不整合による欠陥の発生を抑制しているが,暗電流の低減に未だ課題がある。HgCdTe は量子効率,暗電流の両方に関して優れた性能を有しているが,高価であり,宇宙防衛分野など限定的な応用分野での使用に留まっている。Type Ⅱ超格子は,組成と超格子厚さでカットオフ波長を制御することができるが,InGaAsやHgCdTeに比べ量子効率は低い。以上のように,それぞれの方式にメリット,デメリットがあるが,現状では,要求される性能,受け入れられるIRFPAコスト,保有技術などを考慮して方式が選択されている。

SWIR FPA分野では,ハイブリッド構造を必要としないCQD(Colloidal Quantum Dot)検出器の性能が実用レベルに達し,2 社が製品投入していることも注目される。CQDは直径が数nmから数十nmの半導体ナノ材料である。検出器のカットオフ波長は,使用するCQD半導体の種類と直径で決まり,直径が数nmのPbSを用いるとSWIR波長域に感度をもった光検出器を作ることができる。CQD検出器は,スピンコートで読出回路Siウエハ上に形成することができるので,FPA最終製造工程までウエハレベルで行なうことができ,ハイブリッド構造のInGaAs SWIR FPAに比べ生産性で優れている。一方,現状のPbS CQDでは外部量子効率が10~40%とInGaAs検出器の数分の1である点が欠点となっている。

CQDに関しては,米国SWIR Vision Systems(2022年にonsemiに買収されたが,ブランドは維持)が2019 年に初めての製品を市場投入しており,昨年,Emberionがこれに続いてCQD SWIRイメージング市場に参入した。また,他にもIMEC,ST Microelectronics,Attollo Engineering,Nanoco Technologies なども研究開発を進めており,HgTe CQDでMWIRまで検出波長を伸ばす試みも続けられている。

5 まとめ

非冷却,冷却(主にMWIR),およびSWIR FPAについて最新動向を紹介した。非冷却では車載ビジネス,冷却ではType Ⅱ超格子IRFPAの進歩,SWIRではeSWIR FPAの開発やCQD技術が注目される。

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