フォトニック結晶レーザーが産業界に革新をもたらす!

◆野田 進(ノダ ススム)
京都大学 工学研究科 教授
1982年京都大学工学部電気工学科卒業,
1984年京都大学工学研究科修士課程修了(1991年論文博士),
同年三菱電機中央研究所勤務,その後,京都大学工学部助手,助教授を経て,
2000年京都大学工学研究科教授。
2009年同大学工学研究科附属光・電子理工学センター長併任。
現在,フォトニック結晶・フォトニックナノ構造の研究に従事。
日本IBM科学賞(2000),IEEE LEOS Distinguished Lecturer Award (2005),
OSA Fraunhofer Award/Robert M. Burley Prize(2006),
文部科学大臣表彰科学技術賞(2009),IEEE Nanotechnology Pioneer賞(2009),
江崎玲於奈賞(2009),紫綬褒章(2014),応用物理学会業績賞(2015),
泰山賞レーザー進歩賞(2018),Microoptics Conference(MOC)Award(2019),他

今回のインタビューには,フォトニック結晶研究の第一人者である京都大学大学院工学研究科・教授の野田進氏にご登場をいただいた。

フォトニック結晶の起源は,おおよそ130年前に,レイリー卿が,周期的な屈折率分布をもつ構造において光に対するバンドギャップが形成されるということを示唆したことに始まる。このことはフォトニック結晶だけでなく,VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting Laser)や一次元多層膜の原点にもなっているとされる。

野田氏によって,完全3次元フォトニックバンドギャ ップ結晶,さらには,それをも凌ぐ,2.5次元バンドギ ャップ結晶とも呼ぶべきフォトニック結晶が実現されたことで,フォトニック結晶の研究は2000年代に大きく進展した。これらの3次元,2.5次元フォトニックバンドギャップ結晶は極微小域で光を自在に制御することを可能とするもので,来るべき光量子技術のプラットフォームの1つとなりうるものと期待されている。一方,同じく,野田氏により,全く別の観点,すなわち,大面積コヒーレント光制御の観点から,バンドギャップではなく2次元フォトニック結晶のバンド端に着目して開発されたフォトニック結晶レーザーはLiDARや加工など産業応用への道が拓かれようとしている。

この7月にはフォトニック結晶レーザーによる機械式LiDARと,電気的に走査を可能にするフォトニック結晶レーザーが発表された。今回,野田氏に着実に進化を遂げているフォトニック結晶レーザーの最新動向を中心に話を聞いた。インタビューを通じては,フォトニック結晶レーザーが世界市場を席捲する可能性を確信できるものとなった。

─フォトニック結晶研究の歴史というところから教えていただけますでしょうか?

レイリー卿の「周期的な屈折率分布をもつ構造において光に対するバンドギャップが形成される」という示唆の後,固体結晶からの類推に基づき,1960年代前半にラ ック氏等により,微小球(誘電体)を自己形成的に3次元的に並べたコロイド結晶と呼ばれる結晶の研究が行なわれました。それらは,光の伝搬を全ての方向に対し禁止する,完全バンドギャップをもたないものであったため,光を制御するというよりは物理的な興味から進められた研究でした。その後,ヤブロノビッチ氏が1980 年代後半に,完全3次元バンドギャップ結晶に関する論文を発表しました。その中で,自然放出を禁止して,ゼロしきい値レーザーが出来るかも知れないという示唆があり,そのことが,当時,非常に大きなインパクトを与えました。

しかし,3次元的にどのような方向にも光を逃さないような構造を作製するには,屈折率の低い媒質を,屈折率の高い媒質の中に,ダイヤモンド構造状に並べないといけないという制約があるためかなり難しいものでした。特にゼロしきい値や自然放出制御をしようと思うと,少なくとも光通信の波長域で動作可能な結晶を作らないといけないということもあり,2000年くらいまでは実現できていませんでした。

1999年頃ですが,我々は半導体のナノプロセスを駆使しながら,光の波長域で完全バンドギャップをもったものを,幸いにも最初に実現することができました。その後,発光体を3次元バンドギャップ結晶の中に入れると,本当に自然放出が抑制され,零閾値動作が可能になるかどうかを調べる研究をスタートさせました。2004年頃に, 3次元フォトニックバンドギャップ結晶の中に発光体を導入すると発光がかなり抑えられ,人工的に周期性の乱れ(ナノ共振器)を入れると光が増強されるというのが見えてきました。ただ,今でもそうなのですが,それをしっかりと作り上げていくというのは,なかなか難しいものがあります。我々もそうですし,他のグループもも っと簡単にできないものかというのを並行して考えていました。

その1つの動きとしては,2次元的に深い孔を半導体にあけて,2次元のフォトニックバンドギャップ結晶を作るというのがありました。

しかし,2次元フォトニック結晶を用いてどのように上下に光を閉じ込めるかというのが,大きな課題でした。確かに孔を空けて横から光を入れると,2次元バンドギ ャップができるのですが,そこに光回路を形成しようとすると,上下に光が漏れていくわけです。同時期に馬場俊彦先生(横浜国立大学・教授)のグループも,曲げ導波路を作るというのをなされていたのですが,光の漏れが課題でした。

我々は3次元のフォトニックバンドギャップ結晶の研究を進めていた過程の中で,上下を空気層で挟み込んだ薄いスラブ構造のフォトニック結晶が,光を制御するのに非常に都合が良いということを見出しました。現在,世界中で広く使われているフォトニック結晶は,まさに,この構造に準ずるものです。上下に屈折差を十分につけておいて,全体構造をうまく(少し専門的になりますが「ライトライン」と呼ばれる光の漏れ領域の影響をきちっと考えて)設計すると,3次元バンドギャップ結晶に勝るとも劣らない光制御が,2次元でも可能になるというのを発見しました。

さらに,この2次元結晶スラブにおいて,孔を3つ程度埋めて形成した,光の波長の3乗程度の極微小のナノ共振器を形成し,その共振器の端の孔をほんの僅かにずらすと,光閉じ込めの指数であるQ値がものすごく上がることも分かりました。このような2次元結晶スラブは, 3次元結晶と2次元結晶の中間的な結晶ということで, 2.5次元フォトニックバンドギャップ結晶とも呼べるものと思います。

これが実現してからは,例えば,米国のCaltechのグループが,量子ドットを導入することで,量子チップ開発の土台になる強結合状態を形成したり,荒川泰彦先生(東京大学・名誉教授)等が,同じく量子ドットを導入することでレーザー発振に成功したり,NTTのグループが微小レーザーの開発を進めたりしました。

現在,量子情報技術が盛んに研究されていますが,ヨーロッパの研究グループでは,この2.5次元のフォトニック結晶を利用し,ベンチャーとして展開しているとも聞いています。

もう一つ,トポロジ物理という言葉をよく聞かれると思いますが,この物理を利用して光導波路を形成すると,途中に,散乱体があっても光が逆方向に戻らず,一方向にしか伝搬しない等,とても変わった性質を得ること等が可能になると期待されていますが,このようなトポロジ物理に基づくフォトニクス,すなわちトポロジカルフォトニクスも2.5次元のスラブ型フォトニック結晶を中心に展開されています。

当時行なっていた2次元のスラブ型フォトニック結晶の研究成果は,今,まさに,世界中で様々にお使いいただいているという状況です。微小領域での光の制御は,最初は3次元バンドギャップ結晶からスタートし,2.5 次元バンドギャップ結晶へと進化し,現在の姿になっているというのが一つの流れです。これにより,応用範囲も各段に拡がってきています。

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