北大,水素同位体効果が観測されない量子トンネル効果を発見

北海道大学は,固体有機物と水素・重水素原子との化学反応において極めて同位体効果の小さい量子トンネル効果を発見した(ニュースリリース)。この結果は「量子トンネル効果には大きな同位体効果が観測される」という化学の常識に一石を投ずるとともに,量子トンネル効果が今まで考えられてこなかった多くの化学反応に寄与していることを示すもの。

一般に,化学反応が進むためには,反応物が活性化障壁(化学反応を起こすために必要なエネルギー)を乗り越えるためのエネルギーが必要となる。そのため,化学反応による物質の変化は高温ほど速く,低温では遅くなる。

しかし,水素(H)など質量の小さい粒子の場合には,物質の波動性が顕著になり,エネルギーが無くても活性化障壁を透過すること(量子トンネル効果)で化学反応が進むことが知られている。水素は有機物にも普遍的に含まれているため,水素が関わる化学反応に量子トンネル効果がどれほど寄与しているかを理解することは,極めて重要視されている。

量子トンネル効果を引き起こす物質の波動性は質量に反比例する。そのため反応物を重い同位体(H なら重水素(D))に置き換えた場合,反応速度が1/100 ほどになる(同位体効果が大きい)。そのため,「大きな同位体効果を観測すること」が量子トンネル効果の証拠であると,従来考えられてきた。

研究では,量子トンネル効果で進む反応に大きな同位体効果が観測されるかどうかを調べるために,超高真空・極低温実験装置を用いて固体のベンゼン(C6H6)とH,D 原子とを反応させる実験を行なった。その結果,固体のベンゼンの表面にH原子またはD原子を照射すると,量子トンネル効果によってシクロヘキサン(C6H12またはC6H6D6)が生成することがわかった。

しかし,量子トンネル効果で反応が進んでいるにも関わらず,H原子とD原子との反応速度の比はわずか1.5程度と(H/D = 1.5),同位体効果が非常に小さいことがわかった。一方,気相におけるベンゼンとH,D原子との反応には大きな同位体効果があることが知られており(H/D = 100),この「同位体効果の小さい」奇妙な量子トンネル効果は「固体の表面」での反応に特有の現象であることがわかった。

今回発見された「同位体効果の小さい」量子トンネル効果は,「量子トンネル効果で反応が進むときには大きな同位体効果が観測される」という今までの常識に一石を投ずるものであり,多くの分野に影響を与えることが予想されるとしている。

たとえば,宇宙で有機物を作るにはH,D原子の量子トンネル効果による化学反応が重要なことが知られている。今回の実験は宇宙の超高真空・極低温環境を忠実に再現しているため,宇宙における有機物の同位体組成の変化を詳細に理解することができるようになるという。

また,化学反応の多くは今回の研究のように物質の「表面」で進んでいる。そのため,「同位体効果の小さい」量子トンネル効果は,他の反応でも普遍的に存在している可能性があるという。研究具グループは今後「同位体効果の小さい」量子トンネル効果を考慮することにより,多くの化学反応のメカニズムについて理解が深まると期待している。

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