◆松尾 一輝(マツオ カズキ)
㈱EX-Fusion CEO
大阪大学レーザー科学研究所を修了し,博士(理学)を取得。
卒業後,カリフォルニア大学サンディエゴ校で核融合の研究に従事。
主な論文:
中心点火と比較して約10分の1のエネルギーで,レーザ ー核融合炉ができる方式の実証。
(高速点火方式)K. Matsuo et al. Phys. Rev. Lett 124, 35001 (2020)
既存の方法に強磁場を組み合わせて,より高温のプラズマが生成できることを実証。
(磁化レーザー核融合)K. Matsuo et al. Phys. Rev. Lett 127, 165001 (2021)
2021年7月,レーザー核融合炉の実現を目指し,要素技術開発を手掛けるベンチャーEX-Fusionが設立された。代表は松尾一輝氏で,大阪大学レーザー科学研究所に在学中より,レーザー核融合の研究を行なってきたという。研究のフィールドをカリフォルニア大学サンディエゴ校に移してからも,その研究を進めていたが,帰国後に起業した。
現在,エネルギーを巡る地政学的リスクが指摘されているが,日本は東日本大震災を経験した背景もあり,エネルギーシステムの在り方が問われてきた。2020年には2050年のカーボンニュートラル実現が宣言され,エネルギー産業の行く末に関心が集まっている。
こうした中にあって核融合技術が注目されているが,レーザー核融合技術もその一つ。日本では大阪大学を中心とする産学連携による研究開発が進められてきたが,その実現の一翼を担うとするEX-Fusionが描くレーザー核融合の未来について,松尾氏に話を聞いた。
─最初に,松尾様のバックグラウンドから教えていただけますか?
私は2020年に,大阪大学レーザー科学研究所(阪大レーザー研)で博士号を取得しました。指導教官は藤岡慎介先生でした。当時,藤岡先生の下で色々と成果を出させていただきました。現在,藤岡先生には当社の共同設立者になっていただいています。もうお一人の共同設立者は光産業創成大学院大学の森芳孝先生です。
阪大レーザー研時代からレーザー核融合の研究に取り組み,レーザー核融合に関する研究の中でも,少しオルタナティブな手法と言いますか,世界の潮流に対して「こういう手法もありますよ」といったような提案をしていました。
例えば,高速点火方式というのは,大阪大学が発案した方式ですけれども,この方式を使うと中心点火と言われる一番メジャーな方式と比べて,1/10のエネルギーでレーザー核融合炉ができるのを実証したりですとか,既存の方法に磁場を組み合わせることによって高温のプラズマが生成できるというのを実証したり,そのようなことに取り組んでいました。
図1はアメリカのエネルギー省が2021年にまとめた核融合研究のサマリーですが,ここにはあらゆる手法の核融合の成果がまとめられています。表の右上に行けば行くほど核融合プラズマの性能としては高いことになります。例えば,レーザー核融合だけではなくて,磁場閉じ込め方式のITERプロジェクトの計画や米国のローレンス・リバモア国立研究所の所有する世界最大規模のレーザーNIFの成果,阪大レーザー研が所有するGXII+LFEXレーザーで行なったFIREXプロジェクトの成果が示されています。私は阪大レーザー研時代の成果として,この文献に記載されているFIREXプロジェクトの論文を書きました。
世界的にいうと日本は2番手で,一番はアメリカですが,アメリカとは共同研究を通じて一緒にレーザー核融合研究を進めてきました。卒業後はカリフォルニア大学サンディエゴ校に移り,そこでもレーザー核融合の研究,ならびにレーザープラズマ応用の研究をしていました。
─この分野に最初に興味を持ったのはどういうきっかけからなのでしょうか?
無尽蔵のエネルギーを生み出すということに興味を惹かれてこの分野に入ったのですが,最初からそこにとても強い思い入れがあったというわけではなく,消去法でこのテーマを選択しました。研究者になろうと思った時に,漠然と人類の進歩に貢献することはなんだろうなと考えたら,三つが思い浮かびました。一つは,人間の寿命に関してで,永遠に生きられないかみたいなこと,二つ目は人間の生活圏を広げるという意味で宇宙への居住に関すること。三つ目が無尽蔵なエネルギーでした。
一つ目の人間の寿命を延ばすというのは倫理観的にどうかという周囲の冷たいまなざしにさらされそうだと思いやめて,宇宙に行くという方はそもそも私自身があまり行きたくない(笑),どうせなら地上に留まりたいという方だったので外して,三つ目の無尽蔵のエネルギーを生み出すというテーマを選びました。
当時の認知度はあまり高くありませんでしたが無尽蔵のエネルギーを実現するために,国内でも核融合研究は進められていました。その手法としては主に磁場閉じ込め方式とレーザー方式がありました。日本は磁場閉じ込め方式の研究者の数が母数として圧倒的に多かったと思います。ではなぜレーザーの方を選んだのかと言うと,これも消去法です。
アメリカではオバマ政権時代には2030年までにレーザー核融合の商用化を実現すると言われていました。それくらいレーザー核融合炉に対する期待値は高いものがありました。日本には技術的なポテンシャルがあるのに研究所,研究者の数が少ないと思い,逆にこれはチャンスだなということで,磁場閉じ込め方式ではなくレーザー核融合の世界に飛び込んだというのがあります。
─2021年7月にEX-Fusionを設立されました。起業の経緯を教えていただけますか?
アメリカにいる時に,クリーンエネルギーがすごく流行ったと言うか,取り沙汰された時期があり,2050年までにカーボンニュートラルの実現を達成するという目標が掲げられました。当初は懐疑的で,短期的なブームで終わるのだろうと思っていましたが,その議論は根強く続いていました。本気,かつ半ば強制的に2050年のカーボンニュートラル実現が掲げられたので,これは核融合実現にとってチャンスだと思いました。
核融合の魅力は二酸化炭素を排出しないというところよりは,どちらかと言えば無尽蔵なエネルギーを作り出すことの方にあると思い,研究を始めたわけですが,二酸化炭素を排出しないというのも事実です。クリーンエネルギーに資する技術だと思います。そういった観点からチャンスだなと思ったのがまず一つ。
また,日本では大学が中心となってレーザー核融合の研究が行なわれていますが,大学は人を自由に増やしたり減らしたりできないので開発研究には不向きです。大学だけではこれからレーザー核融合実現に向けて世界で開発競争が起きていくときに,その開発スピードに対処するのは難しいのではないかと思ったのも理由の一つです。
当時はカリフォルニア大学サンディエゴ校にいましたが,そのちょうど真北にGA(ゼネラル・アナトミックス)という会社がありました。この会社は,核融合や防衛事業を手掛ける民間企業ですが,核融合研究者との交流も活発でした。私もGAとはたくさん共同研究をしていましたが,そのような企業がそういえば日本にはないなと思うと同時に,日本にこそ,そういう会社が必要ではないかと思ったんです。
私は「レーザー核融合=クリーンエネルギー」という流れが来ると思っています。日本がこれまで培ってきた技術のポテンシャルを最大限発揮するために会社を興すことを考えました。