─シンプルなようで難しいのですね
そうですね。工夫を重ねても新たな問題がまた出てきます。例えば出力が80 W出たとしても,熱の影響により1分持たずに25 Wくらいになってしまう安定性の問題がありました。また,太陽光キャビティ内の太陽光のパスは,太陽光キャビティの奥に行くほどレーザー媒質に垂直に近い角度になるので,何度も光が当たって熱の影響でレーザー媒質が割れるという問題もありました。つまり,光を局所的に取り込み過ぎても問題があるということです。こうした問題に対して色々な工夫をすることにより,120 Wのレーザーが安定的に出せるようにしました。
実は先に紹介した中国の研究グループは,我々が開発した3次集光系と呼ぶ仕組みとほぼ同様のものを使っています。それまで冷却は太陽光キャビティ内を満たした水を循環してレーザー媒質を冷やしていましたが,我々はレーザー媒質の周囲をガラス管で囲って,媒質の周囲にだけ冷却水が流れるようにしました。これによって,水の流速が上がって冷却効率が上がるのに加え,ガラス管で光が屈折します。
これによって,そのままでは媒質に当たらなかった太陽光も当たりやすくなるので,太陽光キャビティの手前側から光がレーザー媒質に当たるようになり,励起光強度分布が均一化され,吸収効率も向上したことにより出力も安定しました。これが120 Wを出したときの肝の技術です。現在,一番効率が良い中国の装置は,1 m×1 mの小さな主集光系で出力33.1 Wを実現しています。我々は中国より小型な85 cm×85 cmの主集光系で熱負荷を下げ,効率を上げようとしています。出力はやっと10 Wを超えてきたとことですが,この装置をベースにリベンジを目指します。
─国内では他にどのような研究がありますか?
東海大学の遠藤雅守先生は非集光でファイバーレーザ ーの発振に成功しています。また豊田中央研究所と豊田工業大学は集光系を使ってやはりファイバーレーザーを発振しています。福井大学とJAXAは大型反射鏡を使って発振しています。あとは,太陽光でのパルスレーザーの増幅を関西大学の佐伯拓先生が研究していたり,媒質については大阪大学とレーザー技術総合研究所や,北海道大学と理化学研究所のグループが,幅広いスペクトルが使えるレーザー媒質を研究していたりします。
─エネルギー応用以外のアイデアはありますか?
以前はステンレスの薄板を切るデモをしていました。ちゃんと集光すれば40 Wくらいのレーザー出力でも切れます。私は「太陽光がレーザーになればカッコいい」くらいのモチベーションで研究をしていますので,レーザーの効率を上げることは考えても,実は応用を考えるのは私でなくてもいいのかなと思っています(笑)。こういう完成していない技術の研究でいいところは,色々な夢を想像して好きに言えるということです。現実味は別として,例えば太陽光励起レーザーを月に持って行けば,砂を溶かして建築物を3Dプリンティングするなんてこともできるかもしれません。月面だったら天候に左右されませんし,材料も無限なので条件的には最適です(笑)。
ただ,現在の太陽光励起レーザーの光-光変換効率のレコードは3%くらいです。太陽電池の変換効率を20%,LDの効率を40%としても総合で8%の効率なので,太陽電池で発電してレーザーを発振する効率にもまだまだ劣る状況で,今のところは使い物になりません。太陽光励起レーザーの理論限界は約40%ですが,何かブレイクスルーが無い限り達成は難しいと思います。ただ,太陽光励起レーザーの良いところは,複数の機器を組み合わせていないシンプルなところで,安定性としては強いものがあります。その辺が強みになってくれればいいですね。
─そのブレイクスルーとして期待する部分はありますか?
うーん,難しいですね(苦笑)。我々は太陽光を閉じ込める構造に取り組んでいますが,他人任せで言えば,レーザー媒質の更なる進歩でしょうか。今回お見せした装置の課題としては,仰角によらずレーザーヘッドを水平に維持するために集光した太陽光をミラーで反射して横に出しているので,そこのミラーでのロスの解消もしたいなと考えてはいます。ミラーには面の安定性から市販のアクリルミラーを使っていますが,反射率は87%くらいです。また,フレネルレンズの集光効率は80%ありますが,逆に考えると2割を失っているわけです。これらの太陽光を集めて来る時点で結構ロスがあるので,そこは効いてくるポイントだと思います。レーザーは一定のパワーを入れて発振しきい値を超えてから出力が立ち上がっていきますが,我々の装置はまだしきい値付近にあると思っています。そういう意味では集光系の改善は大事ですね。
─今後の研究の計画を教えてください
太陽光キャビティは学生たちが色々と考えて,集光の特性が異なるものを設計しています。実際に自分たちで工作機械を使って作ってみて,本当に効率が上がるか,というのを楽しく実験できればいいな,と思っています。いろんなアイデアが出てきているので,何かいいものができると思います。それを最適化するプログラムも作っていますが,まずは学生のアイデアベースでやって,そこから最適化していくイメージで進めていこうかと思います。
まずは学生たちがワイワイと集まって知恵を出しあったりして,少ない予算でも自分たちで創意工夫して積み上げていくことが大切かな,と。研究室では中国のチームに超えられた世界記録を奪還するという大きな目標を掲げていますが,結果は別として,学生たちが志を持つきっかけにこの研究がなればいいと思っています。困難な目標であればあるほど伸びる部分も大きくなるはずですから。
(月刊OPTRONICS 2022年04月号)