産総研ゼロエミッション 国際共同研究センター(GZR)と光技術
第三回「人工光合成研究チーム」

─人工光合成の研究を進める上で何が重要でしょうか
人工光合成の成果から天然光合成の進化の新規仮説を提唱(提供:産総研)
人工光合成の成果から天然光合成の進化の新規仮説を提唱(提供:産総研)

人工光合成の研究は材料開発が全てです。現在,材料探索を加速するための高速自動探索装置を開発しています。これまで人間の手で行なってきた開発を,ロボットを使って速度を上げようという試みで,ロボットアームや自動分注装置を使って半導体膜のライブラリを作ります。それを光でスキャンして,光応答や電荷分離能力を評価する装置を作りました。こうして溜まったデータをビッグデータとして機械学習に活用すれば,材料の性能の予測が立ちます。

この装置も改良していて,今年の春にはロボットアームを二つにしました。光電気化学だけじゃなくて,通常の電極触媒の反応の評価や粉末触媒の反応,それから過酸化水素や次亜塩素酸のような生成物の定性,定量評価も全部できます。こういう装置と機械学習等を活用することで,短期で有望材料を早く創成できることを期待しています。

─コストにおいて太陽電池との関係はいかがでしょうか

人工光合成には,太陽電池+水の電気分解というライバルがいるので,それと比べてどうなのか,ちゃんと意識しないといけません。太陽電池の値段がどんどん安くなって発電量が増え,系統にそれ以上入らないという状況にもなってきています。そこで,一時的に余ったエネルギーを電気分解で水素に置き換えるアイデアが出ています。

電気を蓄電池に貯める方法もありますが,長距離,長時間だと水素の方が有利です。さらに,海外で太陽電池や再生エネルギー電力で水を水素にし,水素キャリアで日本に持ってこようという話もあり,1m3あたり20円~30円という目標もだいたい決まっています。人工光合成がこれに対応できるかというと,まだまだ難しいかなというのが現状です。

そこでもう一段安く,となった時に光触媒と電解をハイブリットすると,それができるというのが先ほどの話です。そうすれば日本に利益があるだけでなく,世界が使える技術にもなります。なおかつ,有用物も一緒に作れればなおいいかもしれません。こういう技術が全部繋がっていくんじゃないかと思います。

─CO2の固定化に果たす役割をどうお考えですか?
2021年春に新規導入したロボット材料探索装置(提供:産総研)
2021年春に新規導入したロボット材料探索装置(提供:産総研)

これはよく聞かれます(笑)。天然の光合成はCO2を糖にするのと,酸素を作るというのが特徴ですが,世の中が真っ先に意識するのはCO2から有機物,糖を作る部分です。それを人工光合成の中にどう入れ込むかというのはよく研究されていますが,私のスタンスは若干違います。

天然の光合成には明反応と暗反応があります。太陽エネルギーの変換貯蔵は明反応で,その後段に暗反応があります。まず,明反応は酸素を発生させるとともに,ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)の水素化体という,非常に還元力の強い有機物を一回作ります。それを使って,後段でCO2を還元して糖などに変えます。後段の暗反応は植物が自分の体を維持するための反応なので,人間にとっての光合成とは違います。エネルギーを目的にするなら明反応の部分に注力しないといけません。

還元生成物としてCO2から何を作るかという議論はよくされますが,どうせ作るならより高付加価値のものの方が実用化は早まります。しかし,そこで燃料を作るなら一番高い水素でいいんじゃないかという考え方もあって,人工光合成の中のCO2の位置付けについては常に議論があります。還元生成物として水素以上にいいものがあればともかく,基本反応である水素が一番作りやすいわけです。我々は明反応をメインに研究をしているので,還元生成物は水素をターゲットにしているということです。

─日本の研究はどういう立ち位置にあるのでしょうか?

日本の研究は非常に進んでいて,歴史的にもこの流れのままずっと来ています。海外では,アメリカなんかは思い出したように大型プロジェクトを入れてきますが,ヨーロッパはどちらかというとベーシックな興味も含めてずっとやっていて,最近「Solar fuel」という言葉とともにプロジェクトがいくつか立つなど,太陽光から燃料を作りたいという意識が非常に強くなっています。

日本の研究体制ではARPChem(アープケム)というNEDOのプロジェクトが一番大きなものです。人工光合成組合というものを作ってやっていて,その中には三菱ケミカル,TOTO,富士フイルムなど6社くらい入っています。そこでは光触媒で水を水素と酸素に分解して分離膜で純水素を作り,後段の熱触媒でCO2と水素からオレフィンというエチレンプロピレンなどを作るというものです。10年ほどプロジェクトでやっていて産総研も一部に参加しています。

他にもいろんな動きがあって,文科省の新学術領域では40人くらいの先生たちが入って10年ほど基礎研究をベースに活動をしていますし,例えばトヨタ中研や東芝など独立した研究をする企業もいます。

人工光合成はプレイヤーが出ては消えですが,それは世の中の流れです。いわゆる石油ショックのころに初めて人工光合成という言葉が使われましたが,石油が安くなったらみんな研究をやめて死語になり,その後CO2の問題が出て復活しました。世の中の流れの中で言葉も流行り廃りがありますが,それでも人工光合成という言葉はきっと残っていくと思います。

─社会実装には何が必要でしょうか
人工光合成の概念を広げることが重要(提供:産総研)
人工光合成の概念を広げることが重要(提供:産総研)

ちょっと前に,匂いの分解や防汚といった環境浄化用の光触媒のプロジェクトに参加したことがあります。開発した光触媒の粉を大量生産するところまでいったのですが,性能も十分だったのになかなか実用化しそうでしない。私としては自信を持っておすすめできるものでしたが,ネックとなっていたのはコーティングの値段でした。

それと,酸化タングステンは可視光を使える分,ちょっと黄色っぽいということもありました。可視光を使うんだから色が付くのは当たり前だと思うんですが,研究者が考えない意匠性のようなところで実用化が阻まれるのを経験して,やっぱり実用化は相当なエネルギーを使って,たくさんの人を巻き込んでやらないと難しいと思いました。研究者的にいいものができただけじゃだめなんですね。何かを解決するためには,そのシステムは芸術品ではなく日用品にならなくてはいけません。

さらに,こういう研究の最後の壁というのはアプリケーションであると常々感じていて,本当の意味での強い需要がないと,なかなか研究も製品に結びついていきません。これはたまたまですが,コロナの時代で抗菌,抗ウイルスのような需要や関心が,これからどれだけ強くなっていくか,そういうことも関係してくると思います。

─光製品や技術に期待することはありますか?

異分野融合としてはこのOPTRONICSの読者への浸透はまだまだですので,人工光合成の意義をしっかりアピールして,新規参入者を増やしていきたいと思っています。

(月刊OPTRONICS 2021年12月号)

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