産総研ゼロエミッション 国際共同研究センター(GZR)と光技術
第三回「人工光合成研究チーム」

◆佐山 和弘(サヤマ カズヒロ)
(国研)産業技術総合研究所 ゼロエミッション国際共同研究センター(兼務)人工光合成研究チーム長
平成2年 東京工業大学総合理工学研究科修了
平成2年 通産省工業技術院 化学技術研究所 入所
平成9年 東京工業大学 博士(理学)取得
平成10年 ジュネーブ大学留学
平成27年 太陽光発電研究センター 首席研究員 
令和2年 ゼロエミッション国際共同研究センター 首席研究員
(~現在に至る)

産業技術総合研究所ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)において,光技術を用いた研究チームを3回にわたって紹介してきたこのシリーズ,最終回は「人工光合成研究チーム」チーム長の佐山和弘氏にご登場いただいた。

人工光合成とはその名の通り,植物の光合成を人工的に模することを目的とする技術だが,その過程は非常に複雑で未解明な部分も多い。そのため,完全に再現することは難しく,採算面の厳しい要求もあって実用化には至っていない。

ここでは研究チームが目指す「社会実装が可能な人工光合成技術」と,その開発状況について聞いた。現実的な技術としての人工光合成と,その可能性に注目したい。

─先生と研究チームのご紹介をお願いします
研究チームが開発する2つの光触媒(提供:産総研)
研究チームが開発する2つの光触媒(提供:産総研)

私はゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)首席研究員で,人工光合成研究チームのチーム長を兼ねています。人工光合成の研究を大学時代から,産総研でも30年以上やってきました。幅広い人工光合成の研究分野において,粉末の光触媒を用いて水を水素と酸素に分解する一番基本的な研究と,板状の光電極を使って水を分解する研究を行なってきました。

ここでの研究は,水を水素と酸素に分解するだけでなく,もっと高い付加価値のあるものを作ることにシフトしています。もちろん,光触媒で水素をいかに安く作るかということも大事なので,光触媒と電気分解を組み合わせたハイブリッドの研究もしています。こうした研究を,常勤の職員とポスドクや学生さん,派遣さんなども合わせた20名くらいで行なっています。

─人工光合成とは端的に言うとどんな技術でしょうか?
天然の光合成と人工光合成(提供:産総研)
天然の光合成と人工光合成(提供:産総研)

簡単に言うと,天然の光合成とは葉の葉緑体に太陽光が当たって,炭酸ガスと水から糖と酸素を作りだす,つまり,エネルギーを貯蔵する反応です。人工光合成も例えば光触媒に太陽光が当たって,水を水素と酸素に分解します。もしくは炭酸ガスから有機物を作ったり,窒素(N2)や鉄(Fe3+)から,アンモニア(NH3)や鉄(Fe2+)等を作ったりするエネルギー蓄積型という反応もあります。

もともと太陽エネルギーは,クリーンで安全,無尽蔵,地球上に広く分布するというさまざまな長所がある一方,エネルギー密度が低くて希薄,天候に左右されやすく不安定という,2つの致命的な欠点があります。そのため現在の利用技術は大別すると,太陽電池,バイオマス利用,熱エネルギー,の3つしかありません。これから50年,100年先を考えると,太陽エネルギーの利用技術をもっと広げないといけません。

そこで出てくる第4の選択肢が,光触媒や光電極を用いた人工光合成です。太陽電池は電気エネルギーを貯められませんが,化学エネルギーならそれができます。もし,太陽電池なみに高効率で,植物栽培なみに簡便なシステムができれば理想的ですが,人工光合成はまだまだ基礎研究のレベルで,最終目標であるエネルギー問題の解決には大きな経済性の壁があります。例えば水素なら1 Nm3あたり30円,エタノールならリッターあたり40円。これらがメガジュールあたり2円という経済性の壁であり,石油とエネルギーコストが等しくなるラインです。

─まだ採算が取れないのですね
鉄イオンを用いる独自の光触媒-電解ハイブリッドシステム(提供:産総研)
鉄イオンを用いる独自の光触媒-電解ハイブリッドシステム(提供:産総研)

なので,なるべくハードルが少ない,近未来の実用化像が欲しいわけです。そこで我々はテーマを二つにしぼって研究を行なっています。一つ目は光触媒で水素を安く作る研究ですが,これは鉄イオンを用いる光触媒と電気分解のハイブリットシステムという産総研独自の技術です。

光触媒のプールに太陽光が当たって,水が水素と酸素に分かれるのが一般的な人工光合成ですが,そこに鉄(Fe3+)を入れると,水から酸素は出ますが,水素は出ずに鉄の還元(Fe3+ →Fe2+)が起こります。これ自体がエネルギーの貯蔵であり,天然の光合成もまさにこの鉄のイオンの還元反応を利用しています。

しかし,Fe2+はそのままでは使えないので,既存のインフラにあわせて変換する必要があります。そこで低電圧の電解装置を使ってFe2+をFe3+に戻しながら対極で純水素を作ります。こうすると酸素とは別な場所で,純水素だけを取り出すことができます。ふつうの光触媒では発生した水素を補集して分離する技術が必要ですし,爆発の危険もあります。光触媒と鉄イオンと電気分解を組み合わせることによって,こうした問題を解決できるのです。

試算したところ,光触媒の太陽エネルギーの変換効率が3%あればかなり安くなります。通常の水の電気分解は大部分が電力コストです。8円/kWhの電力を使って稼働率40%と仮定しても1m3あたり40円を超えてしまいます。これに対し,光触媒と電解をハイブリットすると,光触媒を使って鉄イオンとしてエネルギーを1回蓄えるので,約0.8 Vと通常の半分くらいの電圧で電気分解ができます。これなら東京の緯度で水素1m3あたり25円くらい,サンベルト地帯なら1m3あたり18円くらいまで安くなります。

それでは実際の光触媒の太陽光エネルギーの変換効率がどれくらいかというと,現在,ビスマス(BiVO4)という材料で,0.65%という数字まできています。これは太陽電池の20%や30%という数字から比べると圧倒的に小さく見えますが,実はトウモロコシがセルロースや糖に変換する効率が0.8%くらいなので,それに近い数字です。これをもうちょっと上げて,まずはクロレラやサトウキビの2%くらいを目指し,なんとか目標の3%までいきたいと考えています。この鉄イオンを使った反応の理論限界効率は24%と伸び代は十分にあるので,ある日突然効率が上がる発見があってもおかしくないと考えています。

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