これまでメソアメリカ文明を考える時,オルメカ文明こそが母なる文明で,全てオルメカ文明から起源したという人がいる一方,マヤ文明はオルメカ文明の影響を受けずに独自に発展したという人もいますが,僕はどちらも間違っていると思います。オルメカ文明のサン・ロレンソ遺跡は河岸段丘上に立地していますが,これはアグアダ・フェニックス遺跡と同じですし,セイバル遺跡も河岸段丘に立地しています。
河岸段丘上に丘を人工的に整形してピラミッドという人工の神聖な山を造る,そういうアイデアはアグアダ・フェニックス遺跡の人々は受け継いでいると思いますが,長方形の巨大な基壇を作るというのは,アグアダ・フェニックス遺跡の人たちのオリジナルです。
メキシコのチチェン・イツァ遺跡をはじめとして,いわゆる古典期マヤ文明のピラミッドは王権を誇示するためのもので,垂直的で非常にアクセスが限られています。一方,平面的な大基壇というのは,まさに人々が参加する共同体の祭祀の場であり,集団を統合しようとしたのだと思います。当然,大規模な建築を計画・指揮する指導者はいたと思いますが,中央集権的な王はまだいなかったということです。
おそらくこの大規模建築は自発的に行なわれていて,集団のアイデンティティの創生や,共同作業を通じてマヤ文明の起源や発展に重要な役割を果たしたのだと思います。その点,オルメカ文明にはかなり強力な支配者がいたので,違う社会だったのかなという気はしますね。
一次文明という,何もないところから独自の文明を作っていくという意味では,マヤ文明の起源だけではなくて,人類の起源を見る上でも非常に重要な遺跡だと思います。
─LIDARによる発見が考古学に大きな影響を与えたのですね
LIDAR技術を遺跡の調査に適用できるようになったのはここ10年くらいのことで,それまでは航空写真をもとに数人が等間隔で実際に地面を歩き,マウンドと呼ばれる建造物跡を調査していました。例えばセイバル遺跡では20km×20kmの400km2をLIDARで調査しましたが,大部分がジャングルなので伝統的な方法だけでは数十年はかかったと思います。
それにジャングルには伝染病を媒介する蚊や毒針をもつ蜂,毒蛇など危険な生物がいるだけでなく,地主さんによっては遺跡に入れなかったり,中には麻薬密売人のアジトがあったりする危険な場所もあるので,地上から100%カバーすることは不可能だと思います。しかしLIDARで上から見る分には文句は言えませんし,測量も4日~5日で済みます。その後データプロセスに3カ月~4カ月かかるとしても画期的な方法だと思います。
当初LIDARはローレゾリューションだったので,正確に地表面の地形や考古遺構を見ることができませんでしたが,今ではハイレゾリューションの装置があります。ヒューストン大学が使っているLIDARは1台2億円もするそうですが(笑),誤差が非常に小さいものです。
あと,最近では飛行機ではなくて,ドローンに積めるようなLIDARもありますよね。そうした技術が出てくることで,調査の方法も大きく変わりつつあります。特に私たちが調査するような場所は木が密生しているので,それらをデータ的に剥がして地表面を客観的かつ迅速に測量できるというのは,すごく大きなことです。
─LIDARは測量用のものでしょうか?
そうです。日本では国土地理院がずっとLIDARを使っていて,例えば地震の予測などをするのに富士山の火口付近を調査しますが,木がたくさん生えているようなところはLIDAR技術によって地形を明らかにしているわけです。木が多く生えているところで非常に有効な技術ということで考古学でも目を付け,アンコールワットの調査などに適用するようになったのです。
2018年にサイエンスに論文が出ましたが,2144km2に及ぶグアテマラの熱帯雨林でLIDARの調査を行なったところ,非常に多くの未調査のマヤ文明の遺跡が見つかりました。道が無いので実際に行くのは困難ですが,まだまだたくさんのピラミッドや遺跡があることがわかりました。以前は衛星画像や航空写真を使っていたのですが,木が生えていては上から見てもわかりません。それがLIDARなら植生を取り除いて遺跡が見えるのです。
ただし,LIDARで計測したから終わりというわけではなく,上から見て人工物と思われるものがあっても,地上から実際にその遺跡に行って踏査や発掘をしないとその年代はわかりません。アグアダ・フェニックス遺跡も,最初はすごく大きいなと思っただけで,実際に発掘してみてマヤ文明の遺物が出て,初めてどれくらいの年代かわかったわけです。だからLIDARが発達しても,踏査や現地での発掘調査という手段は変わりません。