─今後はどのような実験を進めていかれる予定ですか?
他の化合物でも気化する条件があるかどうかは気になります。実は今回の実験で,傷の多いセルの方が結晶化しやすいということが分かりましたので,そういう意味では気化機構のところだけを取り出していろんな化合物の反応を確認したいと思っています。また,増原先生が行なっていらっしゃる光圧であるとか,キャビテーションバブルだとか,そのようなメカニズムが関与しているのか否かなど,気化機構を明らかにしたいというのが,今一番興味があるところです。
─そのメカニズムを解明するうえで,必要となる光学機器とは?
5-fsパルス光は広帯域光ですので,色収差により焦点が歪んでしまう問題と,媒質透過によりパルス幅が伸びてしまう問題から,対物レンズを使用して5-fsパルス光を極小面積に集光することは困難です。一般には,広帯域光の焦点が均一になるコーティング(アクロマティックコート)を施したレンズを用いますが,アクロマティックコートによる波長毎の分散は補正が難しいため,どのように光圧を測るかが課題です。このような波長毎の複雑な偏りを修正するためには,空間毎に屈折率を調整できる空間光変調器(SLM)を透過させることで,対物レンズの透過により生じる分散と逆の分散をつけてパルス幅を補正するのが良いかと考えています。
─今回の成果と並行して,他に研究を進められているテーマはあるのでしょうか?
はい。長らく続けているのは遷移状態分光です。これまでの研究では分子内光反応や分子内熱反応に取り組んできましたが,現在は分子間反応を研究テーマに,反応の過程を可視化する研究を行なっています。分子間反応を見ようと思った場合,熱反応はかなり特殊ですので,まずは光反応に挑戦することにしました。でも,光反応の誘起には紫外領域の5-fsパルス光が必要となります。現在,小林先生からいただいたレーザーで,紫外5-fsパルス光も発生させています。紫外5-fsパルス光を使用して分子間光反応を,可視5-fsパルス光を使用して分子間熱反応を,両方の可視化研究を行なっています。
─先生のご研究について,どのような応用展開が考えられるのでしょうか?
私たちの研究は機構解明ですので,どちらかと言えば学術的な面がものすごく強いと思います。ただ,私は学生の頃からその機構を明らかにすることで初めて可能になる新しい反応開発があると常に思ってきました。例えば,学生時代には,クロロホルム溶媒が必要と言われていた反応の機構を解明することで,脱ハロゲン化を実現しました。
工業,もしくは医療分野への展開を考えた場合,分子間反応が見えない限りは役に立たないので,分子間反応が簡単に見えるようになれば応用も見えてくると思っています。しかし現在は分子内反応か,特殊な分子間反応しか見ることができないので,なかなか難しい面があります。産業的に知りたいのは触媒反応や,生体内での分子間反応だと思いますので,それらを可視化することが一つのポイントになると思います。また,光を使用した反応開発に関しては,これまで光反応や熱反応ではつくれなかった新規化合物が合成できるといった可能性もあります。
─先ほど今後導入を考えられているものとしてSLMが挙げられました。
他にレーザーや光学機器で求めるものはありますか?
私が使っている紫外5-fsパルス光のパルス幅を簡単に測定できる機器が欲しいと思っています。市販されているパルス幅計測機(オートコリレーター)は可視~近赤外領域に対応したものばかりです。そのため,自己回折光-周波数分解光ゲート法(SD-FROG)を用いてパルス幅を計測していますが,一度計測するのに数分を要しており,パルス幅を見ながら,光学系を調整することはできません。
また,SD-FROGでパルス幅を計測するためには,ある程度の光量が必要になるため,パルス幅測測定と,試料の分光測定とを同時に行なうことができません。現状では,試料測定中にパルス幅が変化したとしても確認するすべがなく,紫外5-fsパルス光のパルス幅を瞬時に測定できるものを探しています。
(月刊OPTRONICS 2020年8月号)