オール岡山の技術が光を取り戻す!─いよいよ最終段階に来た人工網膜とは

─人工網膜で色も見えるようになるのですか?

(松尾)人の場合,網膜の中心にある黄斑に色を識別する視細胞のConeという錐体があって,そこから伸びる神経線維が脳につながって色が分かります。残りの視野のほとんどは明るさを識別する視細胞のRodという桿体があり,明暗,つまり白黒しか分かりません。これは脳の認識の問題なので,本当にどう見えるかは治験をして患者さんにお聞きしないと分かりません。

サルへの人工網膜埋め込み(提供:岡山大学)
サルへの人工網膜埋め込み(提供:岡山大学)

さらに,この人工網膜は動物を使った評価を通じていろんなことが分かっています。最初に網膜色素変性と同じような遺伝性の網膜変性をきたすラットに人工網膜を埋め込んで行動試験をしました。ラットを囲う白黒の縞模様をゆっくり回したとき,もし眼が見えていれば,ラットは縞模様を追って首を動かします。その結果,人工網膜を埋め込んだラットは,ただのポリエチレンフィルムを埋め込んだラットと比べて,首を動かす頻度が明らかに増えたことが分かりました。ここで興味深いのが,50lxという明るさの実験でも有意差が認められたことです。こんなに暗くても見えていることに驚きました。

安全性を検証するためにPMDAの要請でサルでも試験をしました。5mm×3mmぐらいの短冊状の人工網膜を入れて6か月にわたって経過を見ましたが,手術の影響による網膜剥離は全く起こりませんでした。また,片方を失明したサルに人工網膜を入れて1か月後,光を眼にあてた時に脳に伝わる視覚誘発電位を測ると,それまで無かった電位の波の高さ(振幅)が現れ,6か月後もその状態が続きました。

その後人工網膜を摘出し,摘出手術の安全性も確認できましたが,摘出した人工網膜を内田先生に評価してもらった結果,人工網膜表面の色素分子が減っていることがわかりました。つまり,6か月間は安全性に関しては問題なかったのですが,劣化の問題があるかもしれないことがわかりました。

(内田)この問題に対しては,劣化しにくい人工網膜の開発も検討しています。かなり成果は出ているので,次のステップとして詰めていこうと考えています。

─競合する研究の動きはどうでしょうか?

(松尾)我々のような色素を使った人工網膜の研究は,世界を見ても他にありませんが,イタリアから出ている基礎研究の論文は,私たちの方法と似ているようです。アメリカの電極を用いた研究はベンチャーがやっていたので,資金が回収できた時点で手術はいったんやめている状況ですが,同じように電極や光ダイオードを使った他の研究はフランスなどでも動いています。日本でもアメリカと同じような電極方式で大阪大学が作ろうとしています。

網膜の再生医療も進んでいて,理化学研究所の万代道子先生が主体となり,iPS細胞で作った視細胞組織を植える臨床研究を今年されると聞いています。基本的には競合する研究ですが,iPS由来の視細胞と植えた側の網膜神経細胞が繋がる数に限界があるそうです。実は私たちの人工網膜には,光電変換色素自体が神経細胞が死ぬのを抑制するという特長もあるので,一種の再生医療と合わせたようなことができるんじゃないかと考えています。つまり人工物と再生医療を合わせ,長期間維持できるような方法ができると考えています。

─今後の計画を教えてください。

(松尾)私たちはこの人工網膜が有効であるという確証を得ていますが,PMDAに求められて,現在は網膜変性のマウスから取り出した痛んだ網膜を使って人工網膜の光に対する活動電位を記録しているところです。変性した網膜の評価に難しい部分もありますが,共同研究で協力してくれる先生方も増えています。コロナ禍の影響もありますが,今年中には乗り越えられると考えていて,治験に入るための許可をもらえたら医師主導治験をはじめます。

医師主導治験は,それまで企業しかできなかった治験を医者が責任者となって行なえる制度で,2003年に認められたものです。責任者は私で治験機器提供者は内田先生です。治験機器は岡山大インキュベータで製造したものを岡山大学病院に出荷する予定です。来年の3月くらいまでに少なくともひとりの患者さんで治験を実施できれば,まず予定通りの進捗になります。

治験は6人の方に参加をいただくことが決まっています。治験実施計画書も岡山大学病院の実施体制もできていますので,実際に始まれば,数か月のうちに6人の方の手術が終わります。それで問題なく患者さんが見えるようになれば,あとは医療機器としての審査の申請になります。

今は先駆け審査指定制度といって,日本国内で開発されて,かつ世界にはまだ見当たらないような製品に関しては,本来は1年の審査を6か月に短縮するという制度があります。治験に参加した患者さんが少なくても,販売した後に安全性や有効性を調査するという流れがありますので,それに乗れば早く販売できるようになると思います。

価格は企業が決めることですが,日本の保険診療で比較的よく使われているペースメーカーが50万~100万円です。それぐらいであれば製造企業も持続可能でしょうし,手術と人工網膜+インジェクターの料金が保険の中で賄われるためにも,この金額を超えなければいいのではと思っています。

(月刊OPTRONICS 2020年7月号)

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